第3話 家族になろうよ
家の中は、いたって普通の一軒家だった。少し狭い玄関には靴箱、それと傘立て。そこに大きな黒い傘がささっているのを横目に見ながら、花はやよいと男を追って家の奥へと進んでいく。
リビングと思しき部屋へと向かう廊下の途中に、洗面所や風呂、トイレがあった。やよいは廊下をゆっくりと歩きながら、「ここが洗面所、ここが脱衣所」と丁寧に解説してくれる。
「そしてここが、リビングさ」
先頭を歩く彼女が、ガラッと引き戸を開けた。そこには、優しい色の照明に照らされたあたたかな雰囲気の部屋。
「台所も奥にあるからね。飯を食べるときはここで食べるんだ」
彼女の白くて細い指先が指し示すのは、木目模様がおしゃれな四人掛けのテーブル。
花はやよいがルームツアーと称して家具を紹介していく様子をぼんやりと見ていたが、頭の中ではまだ疑問が渦巻いていた。
(シェアハウスってことかな……? みんなでご飯を食べるっていう文脈だよね、この人の口調だと)
その心配が顔に出ていたらしい。やよいは一瞬花の顔に目を留めると、ふぅと小さく息を吐きだした。
「まあ、二階もこのまま紹介したいところだけど、とりあえず説明から行くか」
黒ずくめの彼も、部屋を見渡すのをやめ、やよいのほうを見た。やよいが深く息を吸って、口を開く。
「おっしゃる通り、あたしはやっちゃいけないことをした。意図的な『二重契約』――この家に住む権利を、久野井花にも神木琥太郎にも同時に与えたんだ。それに、あたし――宮月やよいもここに住む権利を手放さなかった」
男――神木琥太郎というらしい――が、低い声で尋ねた。
「それは何故だ。何の目的で」
花も頷く。やよいがなぜそのような行動をしたのか。その答えは直ぐに彼女の口から零れ落ちた。
「……家族に、なりたかったんだ」
――家族。その響きに、花の胸は少しだけきゅっとなる。一応「家族」だった二人を亡くしてから早一か月。
花にとっては「家族」なんてもの、何の価値もなかった。そんなものを、やよいは望んでいるというのか。
「俺と、この女と、お前で家族を作るってか?」
黒ずくめの男が鼻で笑った。
「何のために? 俺は一人で住む場所を探しに来たんだぜ? 別に一緒に暮らす人間は求めてねぇっつーの」
あからさまに悪意を含んだ言い回しだった。まるで家族を作りたいというやよいを蔑むかのような。
花はそこまでではないものの、今は琥太郎の意見に賛成だった。
「何のために……ね」
やよいが、ふと呟いた。
「この提案はあたしだけのためじゃないんだけどね」
琥太郎が顔をしかめる。
「だけじゃない……つまり俺たちのためでもあるってことか?」
そうだ、とやよいは頷いた。
(私のためでもあるの……?)
花も自然と琥太郎と同じような表情をしていた。いったい、一緒に住むこと――やよいの言う「家族になる」ことが、花にどんな利益をもたらしてくれるというのだ。
「あたしはさ、魔女なんだよ」
やよいが唐突にそう言った。
「年齢、分からないだろ? あたしの本当の年齢、二人はあてられるかい?」
「はぁ?」
琥太郎が不機嫌そうな声を出す。
「魔女なんていう夢みたいなこと言うのはやめろよ。どうせ三十代前半とかだろう」
花もそう感じていた。やよいは少し若く見えるが、雰囲気からして三十を超えたあたりの女性に思えたのだ。――先ほどまでは。
「そうかい?」
やよいがそう笑った瞬間。
「え?」
花は思わず声を出して、やよいの顔を凝視した。今、一瞬だけやよいの顔が老けて見えたのだ。
頬のしわがしっかりついていて、髪色も少し白っぽくなっているような。しかし、そう認識した時にはすでにやよいは三十代くらいの顔に戻っていた。
「……何が起こったんだよ」
琥太郎にも同じ現象が見えていたらしい。言葉を失っている。
そんな二人に向けて、やよいはもう一度問うた。
「で? あたしが何歳に見えるって?」
「……分かりません」
花は正直に答えていた。わからない、それが彼女の年齢を表すのに的確な言葉だ。
琥太郎も不本意そうだったが、口を挟んでこなかった。
「そうだろう、そうだろう」
やよいは満足そうに頷いた。
「あたしは魔女だからね。本当の年齢なんて分かりっこないし、少し普通の人間とも違うのさ。その違いをね、世間様に隠しておきたくて」
琥太郎と花。二人のことを、やよいは覗き込むように見る。
「あんたらにも、隠しておきたいことの一つや二つ、あるんじゃないのかい?」
その言葉を聞いた瞬間、花の背筋に寒気が走った。――隠しておきたいこと、たとえば。
「例えば、久野井花、十七歳。両親はすでに先月の交通事故で亡くなっているが、自分の身を引き取ろうとした親戚一同にはもうほかの親戚が引き取ってくれることになったからと嘘をつき回って、実際は一人で生きていこうとしていたこと」
花は目を見開いて、やよいのことを見た。
「……なんでそれを」
「魔女は万能なんだよ」
花がそのまま固まっていると、やよいはニコリと笑って今度は琥太郎のほうを見た。
「あんたはどうだい? 神木琥太郎」
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