第2章 『月の闇と覚悟』
アタシは、昼も夜も働いてた。
眠る時間なんてなかった。
それでも働くしかなかった。
はじめは普通のお店で働いていた。
でも、それだけじゃ借金は減らなかった。
どうしても足りなくて
――だから、自分の体を差し出すしかなかった。
でも、ノクタには言えなかった。
心配させたくなかった。
その間も、アタシは
絶え間なく彼氏を作っていた。
――『愛』を知りたかった。
「最近、お店に入った子?」
「そうです!『リリー』って言います!」
アタシは昔から百合の花が好きだった。
だから、偽名で『リリー』を使っていた。
「可愛い名前だね」
それから、アタシ達は付き合うことになった。
彼もまた『愛している』と言ってくれた。
だから信じていた。
……でも、
それは数日で壊れるくらい、脆いものだった。
信じた自分が、馬鹿みたいに思えた。
そして、リリーは枯れた。
「おい!てめぇ!リリー!
誰に口聞いてんだ!!」
「お前みたいな安物、
黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ!」
「リリー?似合わねぇよ。
お前に花の価値なんかあるか?」
言葉が、皮膚より深く刺さった。
アタシは、何も言わなかった。
言えなかった。
それが、日常になっていた。
「好きだから」って言葉に騙され、
何度も何度も殴られた。
鏡を見ても、
知らない人間が映っているみたいだった。
でも、仕事は続けないとノクタを支えられない。
どのみち、このままじゃノクタには会えない。
だから、アタシは住み込みで働ける
工場に行くことにした。
――世界は灰色に染まっていた。
アタシは工場で、梱包のラインに立っていた。
油と紙の匂い、機械の唸り。
誰もが黙々と手を動かしてる。
顔に痣が残ってても、誰も何も言わない。
ここはそういう場所だ。
いずれは帰るつもりだったけど、
それまでは、ここで息を潜めて
働くしかなかった。
痣が落ち着く頃、
梱包ラインの音が、唐突に止まった。
誰かが入ってきた。
場違いなほど綺麗な靴。スーツ姿。
……取り立て屋だった。
「お久しぶりですね、リリーさん」
声は低く、滑らかで、
まるで黒豹が喋ってるみたいだった。
「お身体の具合はもうよろしいんですか?
働いているなら、返済も再開できますよね。
ただ、夜のお仕事が
なくなったと聞きましたし……
別の、その『体の使い方』を
ご提案しましょうか」
周囲の人が、手を止めて視線を逸らした。
誰も口を開かない。
冷たい風が背中を撫でていった。
「ご安心を。
こちらは、逃げる方の足音にも
慣れておりますので」
住み込みの工場にまで来るなんて、
何考えてんの。
アタシは逃げてなんかいない。
ただ、働いてるだけだ。
それなのに、なんでここまで踏み込んでくるの。
「それとも、またどこかに隠れますか?
……ところで、あの方はお元気で?」
ノクタのことだ――許さない。
アタシはもう、ここには居られなくなった。
誰にも見送られず、誰にも止められず、
アタシは工場を出て、
ノクタのいる家へ急いで戻った。
「……ルナ?」
「あれ?ノクタ……?」
働きに出てからは中々顔を合わせる機会もなく、
住み込みで働いたりしていたから、
お互い顔を見て驚いていた。
ノクタは背が伸び大人っぽい姿になっていた。
代わってアタシは15歳のまま止まっていた。
変わったのは、胸くらい。
……そんなの、なんの慰めにもならなかった。
――ノクタに置いて行かれる。
そんな気がした。
「……ノクタ見ない間に大きくなったね」
「まあな…」
「勉強はどう?」
「まあ、ぼちぼち…」
ラベンダーの香りが夏の終わりを告げる。
「ねえ、確かわたしとノクタって
歳そんな変わらなかったよね?
けど、なんでこんなに
見た目の差があるの…?」
「……種族の問題だろ。混血は寿命が縮む」
「じゃあ、ノクタは…?」
「本来、魚人は300年生きる。
だが、人間の血が混じったオレは、
せいぜい長くて半分だ。」
「……じゃあ、わたしより先に」
「だろうな」
――アタシの中で、なにかが崩れる音がした。
その後もアタシは仕事を続け、
なんとか大学卒業まで耐えた。
ノクタも勉強熱心だったのか首席で卒業をした。
「良かったね。ノクタ、医者になれたね」
「医者にはなれたが――働く気はねぇよ。」
「へ…?」
「誓っただろ。
オレはお前を守るために医者になるって。」
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