第2章 『月の闇と覚悟 ー 黒百合に染まる』


孤児院を抜け出して、ノクタと街を目指した。

 



ようやくたどり着いたその街は、

騒がしくて自由だった。

 


でも、アタシは怯えていた。

『混血』だってバレたら、

ここでも居場所を失う。

 

ノクタの手だけが、

アタシを街に繋ぎ止めてくれた。


 

孤児でも入れる、

寮付きの学校があるって噂を聞いた。

医者になるには、

まず小中を通わなきゃダメらしい。

 


ノクタが街の人に聞いて、

その学校を見つけてくれた。

寮もあるし、アタシも一緒に入学した。



けど、

満月の夜だけは『普通』じゃいられなかった。



サキュバスの血が騒いで、

身体が異性を求めてしまう。


当時のアタシは、

それが何なのか考える余裕すらなかった。

 

ノクタは必死だった。

泣きながら、アタシを押さえつけてくれた。

 


 

中学に上がる頃、

アタシは初めて『告白』というものを受けた。


最初はよくわからなかったけど、

相手が「好き」って言ってくれるから

付き合うことにした。



「ねぇ、ノクタ」


「なに?」


「わたし、彼氏ができた」



ノクタは医学書を読んでいた。


アタシの言葉に、ページをめくる手が止まる。

本は手から滑り落ち、鈍い音を立てた。


彼女は目を伏せたまま、何も言わなかった。

その瞳が、ほんの少し揺れてる気がした。



「ちょっと外、行ってくる」


「え、ノクタ!待って!」



それから、ノクタは戻って来なかった。


 


ノクタがいなくなって、約3ヶ月。

 

サキュバス化は多少していた。


けど、思春期なのもあり、

彼に毎晩のように求められた。


アタシはその欲に付き合うことで、

サキュバスの血をどうにか抑え込めていた。

 


だから、むしろ落ち着いていた。



「今日、バックムーンっていって

オスの鹿って意味の満月らしいよ」


「へー、そうなんだ。エルって物知りだね」


「へへっ」



今日もノクタは帰ってこなかった。

帰ってこないのをいいことに、

エルはアタシの部屋にくる。



「今日もいいよね……?」


「……うん…」



エルが、

アタシの体に手を伸ばそうとした、その瞬間。


胸が爆発しそうで、息が追いつかなかった。


体は勝手に変わっていった

――角が突き出て、羽が広がり、尻尾が暴れた。


 

「ル…ナ……?」



視界が鮮やかなピンクに染まり、

欲がすべてを塗りつぶす。


黒百合の香り、吐息、軋む音。


赤く染まる月が、

もっともっと激しくしろと囁いてくる。




事が終わっても、エルは動かなかった。

アタシの気分は最高だったのに――



「……エル?」



頬に手を伸ばそうとした、その時。

勢いよく、ドアが開いた。



――そこには息を切らしたノクタがいた。



「ま、間に合わなかった……っ」



ノクタは急いでアタシをエルの上からどかし、

脈をとったりしていた。


アタシはそれを見てるだけしかできなかった。



「……ナ!ルナ!!」


「……え?」


「お前はとりあえず、この薬を飲め!」



ノクタから渡された薬は、

ブルーベリーみたいな色だった。

 


「で、でも、エルが…!」


「いいから飲め!!」



大きな声にびっくりした。

――ノクタってこんな口調だったっけ?



アタシは震えながら薬を飲んだ。

体の力が抜け、アタシは眠った。



 

起きたら、また地下牢だった。


でも、孤児院のそれとは違って、

床も壁も磨かれていた。


やがて、ノクタがやってきた。



「エル…エルはどうなったの!?」


「……ダメだった」


「なんで!?どうして!?」



アタシのサキュバスとしての力で、

相手の『精気』を吸っちゃう…


それは、殺すのと同じことになるって

ノクタが言ってた。

 


「校長には、『オレ』が作った薬で

抑えるって誓った。

次の満月が過ぎたら、外に出られる。」


「……」


「その間は、オレが定期的に勉強教えに行くから

のんびり待ってろ」


「……ねえノクタ」


「あ?」


「その……喋り方どうしたの?」


「……別にお前には関係ねぇよ」



 

その後、ノクタが言うように

1ヶ月程で出られた。

 

ただ、ノクタが作った薬は、

毎日欠かさず飲まなきゃならなかった。



……人を殺さないために。

 

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