第2章 『月の闇と覚悟 ー 月夜の始まり』


星空だと思ったのは、冷たい雨だった。



「逃げなさい――」



誰の声かもわからないまま、森を走った。

辿り着いた先に、彼女がいた。



「名前、わからないの?」


「うん…忘れちゃった」


「じゃあ、きみはルナ。ボクはノクタ」



月と夜。

それが、わたしたちの始まりだった。


 


ある日、ノクタと共に実験体として呼ばれた。

白衣の男たちが並び、

無機質な部屋に薬の匂いが満ちる。


痛み、恐怖、叫び――



「ルナ!」

 


ノクタの声が遠ざかり、視界が白く爆ぜた。


 


次に目を覚ました時、ノクタはいなかった。

冷たいベッドの上、誰の声も届かない。


繰り返される実験。

刺される器具、失われる気力。


名前を呼ばれることもなく、

ただ「対象」として扱われる日々。



「……わたし、死ぬのかな」



その瞬間、胸の奥で何かが軋んだ。

熱が走り、喉の奥から獣のような声が漏れた。



「『黒百合』が覚醒した!取り抑えろ!」



頭の中は『殺す』で、

真っ黒に塗りつぶされていた。


ガラスが舞い、人が倒れ、黒百合が赤く染まる。



――制御不能。




「ルナ……!」



聞こえるはずのない声が、胸の奥で鳴った。

幻かもしれない。

でも、確かにアタシを呼んでいた。



沈みかけた意識が、ふと浮かぶ。

その声に、心が引き戻された。

 


「ノ……クタ…?」



再び爆ぜる光。

目を覚ますと、ノクタがいた。



「髪色…目も…変わってる…」



アタシをこんな姿にさせた奴らへの怒りが、

ノクタの肩を震わせているように見えた。



 「ここから出よう」



ノクタの顔は真剣そのもので、

わたしも覚悟を決めた。




脱獄は成功した。

でも、満月の夜、またあの感覚が襲ってきた。



――サキュバスの血。



黒百合の匂いが鼻を刺す。

知らないはずの魔法が口をついて出る。



ノクタに何度も攻撃した。


「殺す」と言いかけたその瞬間、

ノクタの涙がおちる。



「ごめん……ノクタ……」



黒百合の香りが胸を満たし、

アタシは静かに目を閉じた。


 


アタシは『混血』だった

――エルフとサキュバスの。



それを隠して生きていく。


ノクタは医者を目指し、

抑制薬を作ることを誓ってくれた。



 


――中学1年の夏。わたしは、人を殺めた。


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