第1章『月夜の黒百合 ー 黒百合の夢』


光る石を拾ってから、数ヶ月。


 

「ルナ、最近顔色悪くない?」


「えー?そうかな?ミミの気のせいじゃない?」


 

ミミの気のせい――

そう言ったけど、本当は違う。


ここ最近、『悪夢』を見るのだ。

とても怖く、暗く、

理由のない恐怖が影のように付きまとう。


 

――冷たい金属の匂い。

――誰かの叫び声。

――まぶしい光。

――耳元で、氷のような声が名前を呼ぶ。

「…ルナ…」

その声音は、温もりとは無縁だった。


 

怖くて眠れない――


 

「…い、おい!聞いてるのか!?デブ乳!!」


「え…?あっ、ごめん!

聞いてなかった。どうしたの?ノクタ」


 

ノクタは昔からの友達。

いつから一緒なのかは覚えてないけど、

気づけば隣にいた。

……本人は「腐れ縁なだけ」って言うけど。


 

「でも、ミミが言った通り、

ルナの顔色あまり良くないですね」


 

そう言ったのはテミ。

天使族のお姉さんで、

ミミの『監視役』らしい。

 

でも実際は、『お母さん』みたいに

いつも優しく見守っている。


 

「やっぱそうだよね!ルナ、大丈夫〜?」


 

ミミは白いうさぎ耳の女の子。

見た目は10歳くらいなのに、

アタシの倍くらいは生きてる。

 

白うさぎは神格扱いされるらしく、

妙にありがたい存在みたい。


 

「ロリババアの言う通り顔色悪…」


「ノクタ!!!

ミミはババアじゃないよ!!」


「…倍生きてる時点でババアだろ」


「ババアじゃなくてお姉さんだから!!!」


「まあまあ。

ミミもノクタも落ち着いてください」


 

この世界では、

種族によって寿命も成長速度もバラバラ。

見た目と年齢が一致するほうが珍しいから、

こんな年齢マウントは日常茶飯事だ。


 

「テミぃ〜、ノクタがいじめる〜」


「よしよし。

ミミは可愛いから大丈夫ですよ」


「そうやって甘やかすから…」


 

ノクタは魚人族と人間の混血。

肌にまばらな鱗があり、

それは誰にも見せたがらない。

 

ただ、アタシだけが知っている、

彼女の秘密。


 

「でも、そういうこと言うノクタも、

アタシには甘いよね」


 

アタシはエルフ――

のはずなんだけど、髪は派手なピンク色。

普通のエルフは淡い色ばかりなのに、

アタシだけ完全な原色。

 

年齢はノクタより一つ下。


 

「甘くねぇし!それより顔色!

か・お・い・ろ!!!」


「アタシの顔色?」


「ほんと心配になるくらい悪いですよ?」


「ミミたち何年一緒にいると思ってるの?

誤魔化せないからね」


 

テミとミミとは、

このギルドで出会って10年ほど。

この二人がいたから、アタシは変われた。

 

『愛』なんか知らないアタシ『達』を、

家族のように愛してくれた人達。


 

「誤魔化せるわけねーだろ」


 

ノクタにも、全部お見通しだ。


 

「さすが、お医者さん。バレてるよねー」


 

彼女にだけはなぜか全て見透かされ、

つい打ち明けてしまう。


 

「今夜『いつもの薬』を持って行くから、

家で寝とけ!」


「ういーっす…」


 

……その『眠る』が怖いんだけどね。




――けれど、こうなっているのが

『あの石』のせいだなんて、

アタシは夢にも思っていなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る