第6話:謎のコア、最初の起動

情報屋エコーとの取引から工房に戻った俺は、その日から新たな作業に没頭していた。

これまでの「受信」から「送信」へ。

解析リグの設計思想を作り変える。


「ジェット、本当にそれやるの……? 爆発したりしない……?」


リリィが、俺が作業する手元を、不安そうに覗き込んでいる。俺が作っているのは、いわばコアを強制的に目覚めさせるための、巨大な「点火プラグ」だ。廃品となった大型蓄電器(キャパシタ)を複数個つなぎ合わせ、瞬間的に大電力を発生させる。そのエネルギーをコアに直接流し込み、休眠状態のシステムを叩き起こす。


「……可能性はゼロじゃない」


俺は、手を止めずに答えた。


「だから、安全装置は多重に仕掛ける。それに、やらなければ何も分からないままだ」


俺の理論が正しければ、コアは現在、極端な低電力モードで、自身の存在を示す信号を発信しているに過ぎない。その真の機能を目覚めさせるには、外部からのエネルギー供給、いわば「ジャンプスタート」が必要なのだ。


もちろん、リスクは計り知れない。必要なエネルギー量も、コアの耐久性も、全ては俺の推測でしかない。一つ間違えれば、蓄電器が暴発するか、コアそのものが過負荷で融解、あるいは爆発する。工房ごと、俺たちが跡形もなく消し飛ぶ可能性もあった。


俺は作業の合間に、工房の壁の一角を鉄板で補強し、即席の退避シールドを作った。起動の瞬間は、ここから遠隔操作で行う。


数日後、全ての準備が整った。

改造された解析リグは、以前にも増して物々しい雰囲気を放っている。巨大な蓄電器群が青白いスパークを散らし、そこから伸びた極太のケーブルが、中央に鎮座するコアへと接続されていた。


「リリィ、こっちへ」


俺はリリィの手を引き、補強した退避シールドの影に身を隠した。手には、起動シーケンスを開始するための、無骨なリモートスイッチが握られている。


スイッチの赤いボタンに、親指をかける。

一瞬、ためらいが心をよぎる。本当に、やるのか?

隣で、リリィが俺の服を強く握りしめているのが分かった。彼女の未来を、俺の一つの賭けに晒していいのか。


――だが、このままでは、何も変わらない。

俺は、リリィが安心して暮らせる未来が欲しい。そのためなら、どんなリスクでも取る。

俺は覚悟を決め、スイッチを強く押し込んだ。


―――ウィィィィン……!


起動音が、それまでの低い唸りから、甲高い悲鳴のような音へと変わっていく。蓄電器群が、工房中の電力をごっそりと吸い上げ、チャージを開始したのだ。照明が明滅し、壁の計器の針が振り切れる。


そして、チャージが最大に達した瞬間、世界から一切の音が消えた。


全てのエネルギーが、一本の閃光となってコアへと叩き込まれる。

次の瞬間、コアの中心にある青い石が、太陽と見紛うほどの眩い光を放った。


「うっ……!」


俺は咄嗟にリリィを庇い、腕で目を覆う。

光が収まった時、俺は恐る恐る顔を上げた。


コアは、生きていた。


それまでの弱々しい明滅は消え、中心の石は、力強く、そして静かな青い光を湛えている。まるで、深い眠りから覚醒したかのように。

ブゥゥン……という、地を這うような低い振動が、工房の床を、俺たちの身体を震わせる。


「……成功、か?」


俺が呟いた、その時だった。

覚醒したコアが、その力を解放し始めた。コアの上部の空間が、陽炎のように揺らめく。そして、光の粒子が収束し、一つの立体的な映像を、工房の空間に描き出した。


「……え……?」


リリィが、呆然と声を漏らす。

俺たちの目の前に現れたのは、ホログラムだった。


それは、巨大な「橋」の設計図。

天に向かって伸びる、壮大なスケールの橋。その内部構造、動力系統、材質の指定までが、青い光の線で、寸分の狂いもなく立体的に表示されている。俺が前世で学んだ知識の、遥か先を行く、神業のような設計思想。


これが、「プロジェクト・アークィオン」。

これが、イサルーンが歴史から抹消した、忘れ去られた技術の結晶。


俺とリリィは、そのあまりに幻想的で、美しい光景に、言葉を失っていた。


―――ビーッ!ビーッ!ビーッ!


突然、工房の入り口に設置した防衛システムの警告音が、けたたましく鳴り響いた。壁のセンサーが、真っ赤な光を激しく点滅させている。


「侵入者……!?」


起動の際に放たれた、膨大なエネルギー。それを感知して、何者かがこの場所を突き止めたのだ。

ザク爺の警告が、現実のものとなる。


俺はリリィを背後に庇い、腰のスチームガンに手をかけた。

ホログラムの青い光に照らされた、工房の装甲シャッター。その向こう側に、招かれざる客が、もう到着している。

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