第2話:鉄屑の掟と蒸気の銃口
「……やるというなら、相手になる」
俺の静かな声が、ガラクタの山に響き渡った。
目の前の男、ガンテツが、汚れた歯を見せてにやりと笑う。
「ハッ、威勢のいいこった。だがな、小僧。そのお宝は、お前みてえなガキには重すぎんだよ。大人しく置いていきな。痛い目見たくねえだろ?」
ガンテツの言う通り、この獲物は一人で抱えて逃げられるようなものではない。
だが、俺は周到に準備をしていた。
「……どうかな」
俺の煮え切らない返事に、ガンテツの眉がピクリと動く。
「上等だ。後悔させてやるぜ……やれ!」
ガンテツの号令で、左右の四人が散開しながら距離を詰めてくる。
俺は躊躇なく、銃口を自分の足元より少し前、地面に向けてトリガーを引いた。
―――シュゴォォッ!!
一瞬の解放音と共に、圧縮された蒸気が爆発的な勢いで噴出する。地面の砂と錆びた鉄粉が、俺と奴らの間に巨大な白いカーテンとなって立ち昇った。
「ぐっ!なんだこの煙!」「前が見えねえ!」
突進してきた四人の動きが、視界を奪われて一瞬止まる。
だが、俺の仕掛けはそれだけでは終わらない。
蒸気を噴射したのとほぼ同時に、俺は左手で隠し持っていた小型の遠隔スイッチを押した。
―――キュイイイイン! ヴァアアアアン!!
少し離れた場所に停めていたスラグ・ダイバーのヘッドライトが全開で点灯し、けたたましい警告音が鳴り響いた。
「なんだぁ!?」「他の奴らか!?」
視界を奪われた上に、背後から鳴り響く轟音と閃光。ドロスポートの日常に染みついた猜疑心が、彼らに「漁夫の利を狙う別のチームが現れた」と誤認させる。
――好機は、一瞬。
俺はその隙を見逃さなかった。
蒸気の壁の中を、駆け抜ける。狙いはただ一つ、クレーターの中心に突き刺さった黒い金属塊。そして、そのすぐそばに落ちている、スラグ・ダイバーから予め射出して隠しておいたウィンチのフックだ。
ガチリ、とフックを金属塊の窪みに引っかける。想定以上の完璧な作業だった。
「よし……!」
俺はすぐに踵を返し、スラグ・ダイバーの操縦席へと飛び乗った。
「いたぞ!」「野郎、獲物を!」
蒸気が晴れ始め、ウィンチを繋いだ俺の姿を捉えたガンテツが叫ぶ。だが、もう遅い。
俺は操縦席のレバーを力いっぱい引いた。ウィンチのモーターが、唸りを上げる。
―――ギギギギギ……!
ワイヤーが巻き上げられ、100キロの金属塊が地面を削りながら、けたたましい音を立ててこちらへ引きずられてくる。
「クソッ、追え!」「逃がすんじゃねえぞ!」
ガンテツたちが慌てて追いかけてくるが、彼らが獲物にたどり着くより早く、金属塊はスラグ・ダイバーの荷台のすぐそばまで到達した。
俺はウィンチを固定すると、間髪入れずにスラグ・ダイバーを急発進させる。荷台に乗せている時間はない。金属塊は荷台から半分はみ出した、不安定な状態だ。
ガコン、ゴコン、と激しく揺れ、今にも落ちそうだ。操縦が難しい。だが、構うものか。
「じゃあな」
無限軌道が瓦礫を蹴散らし、あっという間にガンテツたちを置き去りにしていく。背後から汚い罵り声が聞こえたが、すぐにエンジンの轟音にかき消された。
なんとか運び出した。冷や汗が背中を伝う。
戦闘は避けたが、一つ間違えれば獲物を奪われていた、きわどい賭けだった。
工房への道を、荷台のバランスを取りながら慎重に、だが急いで進む。
工房の扉が見えてくる。俺の帰りを待っていたのだろう、扉が内側からゆっくりと開かれた。
「ジェット……!」
リリィが、心配そうな顔で駆け寄ってくる。そして、スラグ・ダイバーの荷台から、俺が汗だくで降ろしている、巨大な黒い塊を見て、息を呑んだ。
「……なに、これ……」
彼女の驚きと戸惑いが入り混じった声が、ドロスポートの夜に静かに響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます