第1章 王位継承の資格 王弟の娘の想い人 1

 リンネは恐怖のあまり、アーサーを抱きしめていた。正面の扉が目に入ると人影が見える。近づいてくる人は、煌びやかな赤いドレスを着た女性だった。


優雅に扇を揺らし貴族らしい立ち居振る舞い。それに気の強そうな様子を感じた。

そしてリンネを見ると嫌な顔をした。


「王女を見つけたのね。余程、私と婚約するのが嫌らしいわね」


アーサーは女性の声に反応してリンネを抱きしめたまま上半身の角度を変えてイライザを見た。


「イライザ様、私達は最初から王に決められた婚約だ」

「行方不明で生きているか分からない存在だったわ。それに目の前のその者が、本当に王女か怪しいわね」

「いずれ王女か分かる。この結婚は、そなたには関係ないこと」

「いいえ、関係あるわ。私も皇族の娘よ。だから貴方のことは諦めないわ」

「王に逆らうのか」

「あんな老いぼれ、いつどうなるか分からないわよ」

「王を侮辱するつもりか。罪に問われたいか」

「ふん、罰を与えられるものならやってみなさい。いくらでも受けて立つわ」

「何を」


と言いかけたが、リンネは力を入れて、自分に振り向かせた。アーサーはリンネに気付き怖がっていると感じた。


「すまない。貴女に嫌な思いをさせて」


リンネを立たせて優しい眼差しを向けた。頬に浅い切り傷を受けていたのに気付いた。


「顔に傷があるではないか」

「大丈夫よ」

「医者を呼ぼう。傷が残っては大変だ」


アーサーの言葉にイライザが言った。


「そんな傷、大したことないわ」


イライザが近寄りリンネの頬に手を当てようとした。それを見てアーサーはリンネに危害を加えると思いイライザの右手首を握った。突然のことで扇を落とした。


「離して」

「彼女に何をするつもりだ」

「何もしないわよ。傷を治すのよ」


イライザは逆の手でリンネの傷のある頬に手をかざした。すると傷口がふさがていった。そしてアーサーの手を払いのけた。


「これでいいでしょう。こんなことで大騒ぎしないで」

「ありがとうございます」


リンネはイライザに向かって言う。

アーサーはリンネを隠すように抱き寄せた。ムッとしたイライザは言う。


「何が王女よ。ちょっと可愛いだけで、地味でぱっとしないわね」

「何とでも言うがいい。私の心は彼女だけのものだ」

「初めて会っただけの存在が、そこまで言えるの。嘘を言わないで」

「もういい。イライザ様に言っても仕方ない。今から王に会うのだから彼女は着替える。出て行ってくれ」

「ふん。アン」


イライザは侍女を呼び、扇を拾わせ出て行った。信頼のある侍女なので、感情を隠さず何でも話せた。


「ねえ、アン。あの王女らしき者は、どう思う」

「大した人物ではありません」

「そうよね。アーサーが、あの者に抱きついているのに気分が悪いわ」

「アーサー様は王に忠実な方なので、王のご意思に叛くことができないだけです。イライザ様は気になさらなくてよろしいかと」

「そうよね。お父様が私のために何とかしてくれるわね」

「はい、勿論です」

「絶対にアーサーは私の者よ。渡さないんだから」


イライザは強い意思を持って、リンネを蹴落とすつもりでいる。優しかったアーサーが物心ついた時には、リンネの事ばかり言うのに嫌気がさしていた。


挙句の果てに探しに行くのだから腹立たしい。死んだと思っていたので、見つかるとは思わなかったから焦っていた。


「見ていなさい。思い知らせてやる」

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