【測定不能】元勇者の帰還者様、お隣のポンコツ聖女は俺を最弱だと信じ込んでいた
境界セン
第1話
「――というわけで、今日からお隣に越してきました、如月玲奈です!よろしくお願いします!」
インターホンが鳴ったのでドアを開けると、そこには太陽のような笑顔を浮かべた少女が立っていた。両手には、引っ越しの挨拶の品であろう蕎麦の箱が、しっかりと抱えられている。
「はあ、どうも。神崎です」
俺、神崎翔馬は、5年ぶりに帰還した故郷での、あまりに平和なイベントに若干戸惑いながらも会釈を返した。
「あの、私、ギルドでヒーラーをしてるんです!この辺りも最近モンスターが出るって聞きますし、何かあったら遠慮なく頼ってくださいね!」
「ヒーラー、ですか」
「はい!神崎さん、みたいな一般の方は特に危ないですから!私がしっかり、お守りします!」
ぐっと胸を張る彼女の善意が、今の俺には毒のように染みた。
一般人。
そう、俺はこの世界で『一般人』ということになっている。
魔王を指先一つで消滅させ、その力を疎まれて異世界から追放された俺のステータスは、この世界の規格では【ERROR:測定不能】。面倒を避けるため、ギルドには『ステータス非公開』で登録し、平穏なニートライフを目指している真っ最中なのだ。
「それは心強いな。ありがとう」
「いえいえ!そうだ、よかったらこれ、どうぞ!昨日ダンジョンで採れた薬草で作った、特製の回復ポーションです!」
彼女が蕎麦の箱の上に、ちょこんと乗せたのは一つの小瓶。
中では、禍々しい紫色の液体が、まるで生き物のように蠢いていた。
「……見た目がすごいな、これ」
「えへへ、ちょっと調合を間違えちゃったみたいで……でも、効果は保証しますよ!ちょっとした擦り傷くらいなら、これを塗れば一発ですから!」
その笑顔に嘘はなさそうだ。本当に、心の底からそう信じているのだろう。
俺は彼女の純粋さに根負けし、その毒々しいポーションを受け取ってしまった。
その時だった。
「きゃっ!」
彼女は、何もないはずの玄関先で、見事に足を滑らせた。
「だ、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です……!ちょっと膝を擦りむいちゃっただけ、なので……」
見れば、彼女の白い膝から、赤い血がうっすらと滲んでいる。
「あ、そうだ!ちょうどいいところに私のポーションが!」
名案を思いついた、とばかりに彼女は目を輝かせた。
そして、俺が止める間もなく、俺の手から小瓶をひったくると、その中身を自身の膝へと振りかけた。
「やめろ!」
俺の制止の声は、轟音に掻き消された。
ゴォッ!!!
凄まじい爆音と衝撃。アパートの頑丈なはずのコンクリート廊下が、まるで豆腐のように弾け飛ぶ。
「…………は?」
もうもうと立ち込める粉塵が晴れた先にあったのは、直径3メートルはあろうかという巨大なクレーター。
そして、その中心で、膝から血を流したまま呆然と立ち尽くす、如月玲奈の姿だった。
「……おかしいですね。治癒と爆発の効果を、逆にしてしまったみたいです……」
「…………」
俺は何も言えなかった。
目の前の光景に、異世界での忌まわしい記憶が蘇る。
力の制御――。
俺が最も苦手とし、その失敗によって幾度となく仲間を、戦場を、危機に陥れた元凶。
力を振るえば、誰かが傷つく。守ろうとすれば、何かを壊してしまう。
だから、もう二度と力は使わないと、固く誓ったというのに。
「ご、ご、ごめんなさーーーーいっ!!」
我に返った玲奈が、この世の終わりのような顔で頭を下げた。勢い余って、頭が地面にめり込みそうになっている。
「べ、弁償します!すぐギルドに連絡して、修復業者を……!」
「……いや、いい」
「え?」
「俺が、なんとかする」
俺はため息一つで、蘇った悪夢を心の奥底に押し込めた。
そして、えぐれた廊下の中心にそっと手をかざす。
「(復元)」
異世界では、神の奇跡と呼ばれた創造魔法。
俺がそう念じると、砕け散ったコンクリートや剥き出しになった鉄骨が、まるで逆再生映像のように元の位置へと戻っていく。
数秒後、そこには何事もなかったかのような、完璧な廊下が再生されていた。
「…………え?え?えええええええっ!?」
玲奈が、信じられないものを見る目で、俺と廊下を交互に見ている。
「い、今の……何ですか!?魔法……?でも、詠唱も魔法陣もなしに……!?神崎さん、あなた一体……!?」
「ああ、これか?」
俺はポケットから取り出したスマホの画面を彼女に見せた。そこには、事前にダウンロードしておいた『簡単ビックリ!AR修復アプリ(無料体験版)』の文字が映っている。
「最近のアプリは、すごいんだな」
「ア、アプリ……!?こんなことが、アプリで……!?」
目を丸くして驚く玲奈。
よかった。どうやら信じてくれたらしい。この世界の人間は、存外ピュアなようだ。
「と、とにかく!本当にごめんなさいでした!このお詫びは必ず……!」
「いや、本当に気にするな。それより、膝の手当てを……」
「はい!なので、明日の朝9時、玄関前でお願いします!」
「……なんで?」
「私が安全にダンジョンの浅い階層までご案内しますから!そこで薬草を採って、今度こそ完璧なポーションを作ります!それが私にできる、せめてものお詫びです!」
「いや、だから、気持ちだけで……」
「決定です!じゃあ、おやすみなさい!」
嵐のように言い放つと、玲奈は自分の部屋へと駆け込んでいった。
一人残された俺は、再生されたばかりの廊下を見つめ、天を仰ぐ。
「……俺の平穏な日常は、どこへ……」
帰還初日にして、俺のスローライフ計画は、早くも崩壊の音を立て始めていた。
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