五 宮殿へ!

 彩女あやめの採用試験は、夕方に終わりました。


 寺の境内けいだいでは、女の子たちが結果発表をドキドキしながら待っています。


「ワクワクするなぁ~! 早く合格発表してくれないかなぁ~!」


尚侍ないしのかみさまにあんなへんてこな踊りを見せたくせに、よくもそんな気楽にかまえていられますニャンね……」


 如虎にょこは、瑞穂みずほにそうツッコミを入れましたが、さっきからずっと元気がありません。犬派の梅香うめかは、猫族の如虎をきっと不合格にするにちがいない。そう悲観ひかんしていたのでした。


 秋虫も「うち、なんでママゴトなんか……」とまだブツブツ言っています。


 これはもしかしたら、三人とも絶望的ぜつぼうてきかも……?


「お待たせしました。合格者の発表をします」


 試験官の梅香がそう宣言せんげんすると、瑞穂たちは「ご……ごくり!」とツバを飲みこみました。


 でろでろでろでろ~~~チーン!


「合格者は…………この場にいる全員です!」


「えええーーーっ⁉」


 合格者はだいたい三分の一ぐらいだろうと勝手に思っていた女の子たちは、いっせいにおどろき、何人かはのけぞってころびました。


「やったー! これで、都で働きながらあの子を探すことができるぅ~!」


「い……いやいやいや! 試験をやった意味はあったのですかニャン⁉」


「うち、なんでママゴトなんか……」


 喜ぶ子、戸惑とまどう子、自分のからにこもっていてまだ合格に気づいていない子……。みんながみんな、それぞれの反応をして、大騒おおさわぎです。


「みなさん、お静かに! あなたがたは、たった今から『宮廷をいろどる女』となりました。一生懸命いっしょうけんめい、帝のお世話をしてください。いいですね?」


 梅香がいくぶん大きめの声でそう言うと、瑞穂が真っ先に「はーい!」と万歳ばんざいしながら叫びました。他の女の子たちも口々に「はい!」と返事をします。


「うち、なんでママゴトなんか……」


 落ちこみモードの秋虫が正気をとりもどし、自分の合格に気づいたのは、それから一時間後のことです。







 一時間後――。


 瑞穂と如虎、秋虫は、宮廷内にある彩女のための宿舎しゅくしゃにいました。


「えええーーー⁉ うち、試験に合格したの⁉ ていうか、ここどこ⁉」


「落ち着くですニャン。ここは彩女の宿舎ですニャン。あたしと瑞穂さんが、意識が別の世界にぶっ飛んでいたあなたをここまで運んであげたのですニャン。あたしたち三人は、今日からこの部屋で寝起きしますニャン」


「そ……それはご迷惑をおかけしました……」


「他の人たちは四人で一部屋なんだけど、人数の都合つごうでわたしたちは三人で一部屋を使わせてもらえるんだって。よかったねぇ~。コンコーン♪」


 瑞穂は、行儀悪くピョンピョン飛びはね、はしゃいでいます。


「瑞穂さん、遊んでいないで早く彩女の服を試着しちゃくするですニャン。支給しきゅうされた服の大きさが合わなかったら、今夜中に尚侍さまに言わなきゃいけないですニャン」


「尚侍ってだれだっけ?」


「試験官だった梅香さまのことですニャン! ちょっと前に教えたはずですニャン! いい加減かげん、覚えやがれですニャン!」 


「あっ、そういえばさ~。如虎ちゃんに聞きたいことがあるんだけど」


「は……話を聞きなさいですニャン」


 ゴーイングマイウェイな瑞穂は、如虎の抗議こうぎを気にせず、服と一緒いっしょ支給しきゅうされた小さな木のふだを如虎に見せました。


「この札はなーに? わたしの名前が書いてあって、その下には『御門みかどつかさ』ってあるけど」


「それは、尚侍さまがさっき説明してくれたはずですニャン。あなた、本当にヒトの話を聞かない子ですニャンね……。この札はあたしたちの身分みぶん証明書しょうめいしょですニャン。落としたら絶対にダメなやつですニャン」


「わたしがわたしであることは、わたしが証明できるよ?」


「それは顔見知り同士だから通用つうようする理屈りくつですニャン。宮殿には一万近い人たちが働いていますニャン。一万人がおたがいの身分を証明するものを持っていないと、色々とこまったことが起きるですニャン」


「ふぅ~ん……。じゃあ、この『御門の司』っていうのがわたしの身分? 御門の司って何?」


「たぶん、瑞穂さんが配属はいぞくされた部署ぶしょですニャン。聞いた話によると、彩女たちは十二ある部署にふりわけられるらしいですニャン」


「御門の司がわたしの部署かぁ~。どんなお仕事するんだろ?」


「それは明日の朝になったら、説明してもらえるはずですニャン。ちなみに、あたしは『ふみの司』に配属されましたニャン」


「みんなバラバラなんですね……。うちは、『ぜんの司』の彩女になりました」


 秋虫がちょっとさびしそうに言いました。試験で手を貸してくれた瑞穂と如虎に、特別な親しみを覚えているようです。


「秋虫さんは、ヒト族なのに、あたしたち妖怪族をきらわず、ふつうに話してくれるのですニャンね。もしかして、都の生まれではないのですかニャン」


「あっ、はい。うちは西国さいごくの生まれで、たぬき族のお友達がたくさんいました。狸族の子って、幻覚げんかく妖術ようじゅつを使ったイタズラが大好きなんですよ。どろんこのかたまりを『おにぎりだよ』って言ってうちに食べさせたり、『あそこにきれいなお花畑があるよ』ってうちを落とし穴にさそいこんだり……。あはは、今ごろみんな元気かなぁ~」


 その狸たちって本当に友達だったのですかニャン……と如虎は危うく言いかけましたが、秋虫が気の毒なのでやめておきました。


「ねえ、如虎ちゃん。都の人たちは、わたしたち動物の妖怪のことが嫌いなの?」


 如虎の言葉が引っかかった瑞穂が、キョトンとした顔でそうたずねます。三野みのの国では狐と人間は仲良しだったので、ヒト族が妖怪族を差別をするなんてピンとこなかったのでしょう。


「……瑞穂さんは、たしか故郷こきょうでは狐のお姫さまだったのですニャンね。都は、狐も人間もあなたにちやほやしてくれた故郷とは、まったく別世界だから気をつけたほうがいいですニャン。特に、妖狐ようこは『恐ろしい力を持った妖怪の王』と貴族たちは考えているらしいから、あまり目立った行動はとらないほうがいいですニャンよ」


「ほええ~。わかったぁ~」


(このアホっぽい顔、絶対にわかっていないですニャン)


 如虎も、瑞穂の性格をだんだん理解してきたようですね……。







 その日の夜。内裏だいりの帝のお部屋――。


「尚侍。彩女の採用試験の監督かんとく、おつかれさまでした」


 とばり(カーテン)の中から、鈴を転がすような少女の声がしました。


 帳の向こう側にいるのは、お休み前の帝。たたみをしいた木製のベッドの上で、お行儀よく座っています。


「ねぎらいのお言葉、無上の喜びにございます」


 梅香は、深々と頭をさげました。相変わらずの無表情ですが、帝とお話している時はいくぶん声がやわらかくなっているようです。


「鬼に対抗たいこうできそうな妖怪族の子はいましたか?」


「妖怪最強と伝わる妖狐の娘と、難解なんかい経典きょうてん習得しゅうとくしている妖猫ようびょうがいました。……ただ、『特技を披露ひろうしなさい』という課題をあたえたところ、二人とも役に立つのかよくわからない芸を披露したものですから、彼女たちの実力は今のところ未知数みちすうです」


「『君たちは魔物を退治できるか』とはっきり聞いちゃったら、恐がって逃げちゃうかもしれませんからねぇ」


 なるほど。あの面接試験は、都に出没しゅつぼつする鬼をやっつけることができる妖術を妖しのケモノたちが持っていないか調しらべるためだったのですね。


「でも、できるだけ早く、今日採用した彩女の中から、鬼と戦える子たちを見つけてください。『彼』一人ではそろそろきびしくなってきました。一晩に、別の場所で複数の鬼が出るようになったのです」


承知しょうちいたしました」


「さて……と。明日からは、モフモフな女の子たちと楽しい宮廷生活が送れるのですね♡ わっくわくしちゃいます♪」


 帝は、急に年相応としそうおうの女の子らしいキャピキャピした表情になると、デヘヘと笑いました。


 すると、梅香がめずらしくこまったような顔をして、「大君おおきみ。もうしわけありませが……」と言いました。


「新人の彩女たちは、宮仕みやづかえに慣れるまでは、帝のおそば近くで働く部署につきません。宮城きゅうじょうの門のかぎを管理する仕事だとか、経典や文房具を管理する仕事だとか……」


「ええーーーっ⁉ そ、そんなぁ~! モフモフで可愛い女の子たちにかこまれてキャッキャッウフフがしたかったのにぃ~! ぶー! ぶー! ぶー!」


 実は、帝は動物大好きっ子なのです。モフモフ宮廷生活をすぐに送れないと知ると、ほほをふくらませて、すっかりすねてしまいました……。

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