第14話
日曜のある日、約束を果たすために駅に来ていた。確かに貴重な休日ではあるけれど、休日だからって普段は寝てばかりなので用事が入るのは正直ありがたくもある。1日寝て過ごすのは疲労は回復するけれど、休日を無駄にした感が強いんだよなぁ。精神の健康上よろしくはない。
今日はいつもは降ろしている前髪を上げて、オーバーサイズのアロハシャツを着ている。伸ばすのが間に合わなかったが、薄っすらとあごひげも生やしている。少しでも厳つく見えるようにする俺なりの努力でもある。相手に厳つい人が出てきたら対抗できるようにしたい。あー、金のネックレスとかあった方が良かったかもしれないが持ってないし趣味でもない。
ちなみにこのことは榛名ちゃんと千咲ちゃんには告げていない。だってこういう格好、俺はする分には好きなんだけどさ、若い子受けは悪いよね。アロハシャツだってわざわざ買ってきたものじゃなくて俺の私物だ。
しかしながら気がついている。さっきから俺のことをチラチラと見てくる若い女の子が2人いることに。残念ながらモテ期ではない、その俺が待っている榛名ちゃんと千咲ちゃんだ。怪訝そう、というか本当に俺なのか確信が持てず、話しかけるのを躊躇っているって感じかな。まだ待ち合わせ時間前なのに来ているのは真面目だなぁ。面白いからこちらからは話しかけずにいる。
顔を合わせないようにスマホを見ていると、千咲ちゃんからメッセージが届いた。『もしかしてお兄さん、アロハシャツとか着てますか?』こういう時に切り込んでくるのは千咲ちゃんの方なんだな。
観念して顔を上げる。2人に向かって手を挙げるとなんだか怪訝そうな顔つきをしている。
「お、お兄さん。今日は付き合ってくれてありがとうございます⋯⋯。今日は普段とは違う恰好なんですね⋯⋯」
「お兄さん⋯⋯、いえ、お兄ちゃん⋯⋯。今日は私と兄妹って設定なんですよね。その格好で⋯⋯」
受けは良くないとは思ってはいたけれど、ここまで微妙そうな顔をされるとは思ってはいなかった。ちょっと、いや大分傷ついている。
「アロハシャツって駄目かな⋯⋯?」
「いや、悪くはないんですよ。ただ少しばかりお兄さんよりも歳を重ねた男性が着ているイメージがあるのと、普段のイメージとのギャップですかね⋯⋯」
「正直言えばおっさんくさいです!」
あくまで言葉を選んでくれた千咲ちゃんと160キロ豪速球の榛名ちゃん。あ、苦しい。今日はもう帰りたくなってくる。
「まあでもそれでも似合うと思いますよ。ちょっとチャラいというか軽薄そうですけれど、多分お兄さんも狙ってやってる部分もありますよね?」
「まあ⋯⋯、少しは⋯⋯、意識したかな⋯⋯」
「そうそう、ちょっと胡散臭い感じがしているのもありかなーって私は思いますよ。テキ屋とかやってそう」
理解を示してくれたのはありがたいが、改めて人の口から解説されるとそれはそれで恥ずかしくもある。面倒くさいって思われるかもしれないけどさ、そんなもんなんだよ男って。それに割と気に入っている私服だってことも鬱屈となっている原因の1つだ。どうせおこちゃまにはまだアロハシャツの良さはわからねえよな。
「じゃあおさらい、俺は榛名ちゃんと兄妹で榛名ちゃんのことを榛名、俺のことをお兄ちゃんでいいのね」
「それと敬語も兄妹なら違和感あるから今回は使わないでおいてね。特に榛名はテンション上がるとそこら辺が適当になると思うから」
「はい、肝に銘じておきます じゃあ行こうか、千咲ちゃん、お兄ちゃん!」
「お、おう」
今更だけど妹がいなかった俺には少し新鮮。いや、なんかこう、悪くないなって思ってしまった。変な意味はない。本当にない。本当だ!
「なんだかお兄さんちょーっとニヤけてませんか?」
「ち、千咲ちゃん? そんなことないよ。ホントウダヨ」
千咲ちゃんからの問いかけにドキリと胸が鳴る。この気持ちは⋯⋯恋? んなわけがない。むしろ追い詰められた気分になっただけだ。自覚はなかった。そんなに指摘されるくらいにはだらしがない顔をしていたのか俺は?
「んふふー! そんなに良かったの? お兄ちゃん」
「私も呼んだ方が良いかしら、お兄ちゃん」
「千咲ちゃんもやる気満々だね」
「ええ、面白そうなことには結構乗っかりたくなるタイプだもの」
「前にも思ったけれど、千咲ちゃんって結構やんちゃだよな」
「あら、やんちゃなのはお兄ちゃんの格好じゃないかしら?」
ふふふ、と笑みを浮かべる千咲ちゃん。完全にターゲットがこちらにロックオンされているし、今回は榛名ちゃんに逸らすことも難しそうだ。本当に高校生だよねこの子、なんかいっつも手玉に取られているような気がしている。
「さあさ、そろそろ電車も来るから行くぞ」
「仲良し兄妹みたく腕組んであげようか、お兄ちゃん」
「じゃあ反対のサイドは私が埋めてあげようかしら、お兄ちゃん」
「それこそ洒落になってない。警察行きで今日のコラボが流れるぞ」
頭痛い。若さの勢いに確実にやられている。乗りかかった船、今すぐに下船したかったが逃がしてくれそうもないな。
せめて両腕を身体の前で組むことで、俺は無罪ですよとアピールをした。
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