第13話

「でもお兄さんがそこまで私のことを考えてくれていたのは嬉しいです。前に誘った時は駄目だったのに、どういう心情の変化ですか?」

「いや、な。昨日飲み会で話していて、俺には夢がなかったなって恥ずかしながら自覚して。だからこそ他人の夢を応援することでその埋め合わせでもしようかなと」

「相変わらず堅苦しいですね。要するに私こと大空榛名を応援したくなったんですね!」

「うん、まあ。そういうこと。なにか出来ることはないかなーと無謀にも考えてしまったって感じかな」

「全く、お兄さんは私のこと好きすぎですよ! そうですねえ⋯⋯あっ! 今度なんですけれど、他の配信者さんと一緒に踊らないかってコラボのお誘いが来てまして」

「へえ、すごいじゃん!」

「そうなんですよ〜。登録者も5万人くらいいる、私からしたらすっごく大手さんです!」


 5万人ってピンとは来ないけれど多分すごい数なのだろう。だって5万人だぞ。大体社員数1000人で大企業って呼ばれるのに。その50倍、大手電機メーカーとかそのレベルじゃないか。


「それでですね。千咲ちゃんにも付いてきてはもらうつもりなんですけど。やっぱり高校生2人で知らない人に会いに行くのって、ちょーっとばかし不安じゃないですか。だからお兄さんが暇な日でどうしてもやることがないって日だったら、付いてきてくれないかなーなんて思っちゃうんですよね」


 気持ちはすごいわかる。確かに千咲ちゃんなんかは賢い子だろうけれど、純粋な強さでは俺の方が上だろう。⋯⋯上だよな。流石に喧嘩で女子高校生に負けるなんてことあったら表を歩けない。女子高校生と殴り合いの喧嘩をしている時点で表を歩けるような人物ではないけどさ。

 抑止力、なんて言い方は仰々しいだろうか。まあ、大人の男がいるだけで起きないトラブルもあるのだろう。⋯⋯それによって起きるトラブルもありそうだけれど。職質とか。


「でも、どうやって俺が付いていくんだ? 後ろから歩いていたら怪しいだろ」

「そうですね、私の年の離れた兄妹って設定はどうですか? それなら妹が心配だから付いてきたでも許されると思うんですが⋯⋯」


 年の離れた⋯⋯ね。うん、そうだよな。一回りどころか二回り、三回りくらい違うもんな。彼女の何気ない一言が俺のガラスのハートを傷つける。勝手に傷つきに行っているだけだから当たり屋みたいなものだろうが。

 それにしても兄妹か。うーん、良いのだろうか。そんな過保護なこと。でも不安な気持ちもわかる気もする。まだまだ俺から見たら子供だしなー。同じところで思考が堂々巡り、というわけではなかった。いつもの俺ならそうだろうけれど、応援したい気持ちもあるからな。


「よし、わかった。日程が決まったら教えてよ。出来るだけ調整する」

「えへへ、お兄さんが来てくれるなら心強いです。あ、それともお兄ちゃんって呼ぶほうが”らしい”ですかね。千咲ちゃんにも報告しよーっと」


 ”らしい”ってなんだよ。楽しそうな榛名ちゃんを見て俺は何も言うことが出来なかった。はあ、こんなところを会社の誰かに、もしくは一ノ瀬に見られたらなんて言われるか。

 少しして俺のスマホに通知があった。『お兄さんがいると心強いです。申し訳ないのですが私からもお願いいたします』榛名ちゃんの連絡を受けた千咲ちゃんからだった。


「千咲ちゃんからも連絡が来たよ。律儀だねぇ」

「え、なんでお兄さんが千咲ちゃんの連絡先を知っているんですか?!」

「そりゃあ、この前交換したからに決まってるじゃん」

「いやいや、いやいやいや。あんなに犯罪犯罪怖がっていたお兄さんが、あんなに危ない人だったら通報すると息巻いていた千咲ちゃんと仲良くなっているんですか。うっ、脳が悲鳴を上げている⋯⋯」

「榛名ちゃんのことでなにかあったら連絡するかもしれないって話だったんだよ。実際やり取りをしたのは今日が初めてだし」

「だとしても! 私はお兄さんと親友、どちらに八つ当たりすればいいんでしょうか。でもでも、2人が仲良くしていることは良いことだし、やっぱり八つ当たりするしか⋯⋯」

「八つ当たりをするのは確定なのね」


 コロコロと表情が変わって本当に面白い子だな。八つ当たりされるのは御免被りたいけれど。

 しばらく榛名ちゃんを眺めていると、「んっ!」と若干汚い声を出しながら、スマホを差し出してくる。色んな感情が混ざり合っているのだろうな。

 スマホの意味はわかる。けれど面白そうだからここはとぼけることにした。いいね、そっちの方が榛名ちゃんは輝くよ。

 俺が黙って榛名ちゃんを見ていると、さっきより強く「んっ!!」と声を上げながらスマホが突き出される。それでも「はて?」みたいな顔をする。笑いを堪えるのに必死だ。


「んもーっ!!! お兄さん、私とも連絡先を交換してください。それでイーブンです」

「いや、でも。女の子と連絡先交換するなんて⋯⋯」

「なーに初心な子みたいな声を出しているんですか。気味が悪いですよ」

「気持ち悪いって言われた。もう連絡先交換できない⋯⋯」

「あ゛ー゛っ゛! ああ言えばこう言うし、そこまでは言ってないです。全く、私に意地悪するときの千咲ちゃんにそっくりですよ!」

「千咲ちゃんもたまに榛名ちゃんで遊んでいるんだね⋯⋯」


 流石に限界か。笑いながらも榛名ちゃんと連絡先を交換する。そんな俺を見て榛名ちゃんはまた不機嫌になった。ぷりぷり、なんて擬音が似合うようだ。流石に古いかな。

 それにしても、いきなり女子高校生と連絡先が2人も交換してしまった。人生何があるかわかったものではないが、こんなこともあるもんだな。


「全く、最初からこうしていればいいんですよ。手こずらせやがりまして⋯⋯」

「悪役みたいな台詞だし、言葉遣いもなんかおかしいな」

「もう、お兄さんと千咲ちゃんは意地悪です。千咲ちゃんはまだ可愛いから許せるけど、お兄さんは許しません」

「はいはい、榛名ちゃんはなんか飲む?」

「もー、なにかあったらジュース奢れば良いと思ってるじゃないですか! オレンジジュースお願いします!」


 それでも欲望に忠実なところ、好きだよ俺は。まだ若干頭が痛いので俺はカフェオレにでもしておこうかな。なんか糖分取ると二日酔いが和らぐ気がするし。


「ありがとうございます。でもまだ許してないですからね!」


 それでも頭下げてお礼を言ってくれるところは、いい子だなって思うよ。案外妹適性、みたいなものは高めなのかもしれない。さっきの話から、なんだか俺の目線が兄目線になっている気がする。正直こんな妹が欲しかった。


「それで、コラボ相手はどんな子なの?」

「ええと、この子です」


 次は優しく差し出されたスマホに映っていた女の子は、大学生くらいだろうか。榛名ちゃんや千咲ちゃんよりは歳上って感じの子だった。踊ってはいるけれど、ダンスよりもファンサービスというか、顔をアップにするような画角が多めでありビジュアル面で売っているようだった。

 それにしてもえらく綺麗な子だな。なんとなく見覚えがある気がするけれど、残念ながら俺にこんな綺麗な知り合いはいない。

 それでも、ダンス自体はうちの榛名ちゃんの方が上手だな。全く関係ないのになんとなくの優越感を抱く。声に出したら榛名ちゃんの反応が大変そうなので絶対に言わないけれど。だって引かれるにしてもドヤ顔するにしても、なんとなく大変そうじゃん。今が冷戦状態なの忘れてくれてそうだし。


「私のダンスを見て興味を持ってくれたみたいで。メッセージを送ってくれたんですよ。そこから少しやり取りをするうちに住んでいるところも近いみたいでそれならば直接会って一緒に踊りませんかって」

「あれよあれよの内にってことだな」

「お兄さん、やっぱり言動が少しおっさんくさいですよ⋯⋯」

「くっ、染み付いたおっさん臭がどうしても⋯⋯」

「あはは、加齢臭ですね」

「それは辞めてくれ。傷つく」

「お兄さんってやっぱり若干面倒くさいですよね」


 面と向かって言うな、凹むから。

 飲み終わったオレンジジュースをゴミ箱に捨ててから、「下手なところは見せられませんからね」と言ってまた踊りに向かった。頑張れ、若人よ。⋯⋯こういうところが駄目なんだろうな。俺も飲み終わったカフェオレの缶をゴミ箱に捨て、見ているかわからないけれど一応手を軽く振ってから帰路に着く。

 こんな休日も悪くはなかった。二日酔いだけれど、思いもがけず良い日になったな。

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