第12話
ああ、頭痛え。あの後一ノ瀬と飲みすぎた。まさかビールバーを提案されるとは思っていなくて、ホイホイついて行ってしまった俺にも過失はあるけどさ。だって仕方ないじゃん、クラフトビールって案外高いんだよ。それを奢ってくれるって言うなら謀略関係なくついて行くしかないじゃん。
おかげで飲みすぎた。多分変なことは口走ってない⋯⋯と思う。ビールが美味かった記憶はあるのだが、それ以外の記憶はイマイチ明瞭ではない。IPA飲んだまでは覚えているけどさ。人間の帰巣本能って案外馬鹿に出来ないもので酔っぱらっていても家にはいつの間にか帰っているんだよな。記憶ないけれど。
そんなわけで、泥のように眠った。起きたら13時だった。このままずっと家に引きこもっても良いけどさ。今日は休日、なにかしないと損した気分になる。だって今週は土日休みあるんだよ、そんなの当たり前じゃんって言う人は恵まれている。土曜日なんていつ消え去ってもおかしくない。なんならたまに日曜日も出勤していることさえある。
そんなわけで近くのラーメン屋で朝食? 昼飯? をとった後で散歩をする。塩分と炭水化物が二日酔いに染み渡る。どこかに出掛けるにも時間が微妙だ。飲み屋に行くにも昨日あんだけ飲んで絶賛二日酔いの最中だ。
あー、パチンコでも打ちに行くかな。でも今日はなんか勝てる気がしねえんだよな。こういう負ける予感がある日は勝てたことがない。無駄にパチ屋にお布施するだけだな。
なんだかんだ歩いていると、いつもの公園の近くにまで来ていることに気がついた。煙草吸って帰るかな。こんな休日も悪くはない。⋯⋯本当に悪くないか? 貴重な休日を一日無駄にしただけじゃないか? くそう、一ノ瀬の野郎め。全部あいつが悪いに違いない。
自販機で微糖の缶コーヒーを買って、公園の喫煙所に行くと、休みの日だというのに今日も元気に踊っている少女が目に入った。榛名ちゃんだ。休みの日まで頑張っているんだな。今日は三脚にスマホを立てているから撮影の日かな。
ふと邪な考えが浮かんだ。一般通過おっさんとして謎のミームになっている俺。その俺が何食わぬ顔をして後ろを通過したら再生数が伸び、榛名ちゃんのためになるんじゃないか。なんて名案なのだろうか。これは榛名ちゃんに感謝もされちゃうし、なんなら千咲ちゃんも俺に感謝するのではないだろうか。
⋯⋯本当にそれで良いのだろうか。これは榛名ちゃんの努力を踏みにじる最低な行いではないだろうか。思い上がるな、俺。そんな妄想をしたことを恥じろ。それは榛名ちゃんの真っ当な努力に対する侮辱に他ならないだろう。
何を勘違いしていたのだろうか。一瞬でも変な妄想が挟まったことに自ら軽蔑を感じる、二日酔いでもやっていことと他の区別はつくはずだろう。そんなんだから一ノ瀬に童貞と大差ないと侮蔑の言葉を言われるんだ。
ああ、自己嫌悪に駆られる。恥ずかしいやつだな、俺。なんなんだ、自分がゲームメーカーにでもなったつもりか? 自惚れるな、俺はただの一人のおっさん。⋯⋯いや、おっさんではないな。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、俺のことを見つけた榛名ちゃんがこちらへ駆け寄ってくる。やめてくれ、今だけは来ないでくれ⋯⋯。
「お兄さんじゃないですか。こんにちは」
「あー、こんにちは」
「テンション低いですね。知ってますよ、お兄さん昨日飲みに行ってたって。千咲ちゃんに聴きましたよ。もしかして、二日酔いですか?」
「まー、二日酔いもある。正直気持ち悪いし頭痛い。だけどそれとは別で自己嫌悪している⋯⋯」
榛名ちゃんが理解できないといった顔でコチラを見てくる。そんな純粋そうな顔で見ないでくれ、俺の心は汚いんだ。そう、大人の心は汚いのだよ。俺のやらかしを大人全体のせいにする。ああ、こんなことからも俺の心の汚さが見えるようだ。更に自己嫌悪、穴があったら入りたい。とりあえずスコップを買ってくるか。
「それと隣にかっこいい人がいたって言ってましたね。友達ですか?」
「いや、友達じゃない。会社の同期だよ」
「会社の同期でもないか良かったら友達じゃないんですか?」
「いやー、会社の同期はどれだけ仲良くても友達って感じじゃないんだよね。なんて例えるべきか、戦友とでも言うべきか」
「結局友達じゃないですか」
「なんか⋯⋯、こう⋯⋯、違うんだよ。それよりも千咲ちゃんは一ノ瀬のことかっこいいって言ったのか? なんかショックだぞ、それ」
同期って友達と呼ぶにはなんか違う気がするんだよね。戦友の文字にも友が含まれているけれど、それはノーカンで。仲は悪くない自覚はあるけれど、友達かと言われればなんとなくノーと言うよ俺は。
そんなことよりも千咲ちゃんが一ノ瀬の顔を褒めていた? なんかショックだな。いや、あいつの顔がいいくらいは俺も認める。ムカつくし、腹立たしいけど認めざるを得ない場面も多く見てきた。それだけれども、千咲ちゃんはそういった発言をして欲しくなかった。あいつが褒められているのはムカつくじゃん。断じて嫉妬ではないのだけれども。
「千咲ちゃんは私の好みではないけれど、顔は整っているとは思うとも言ってました! なんか見たことあるような、誰かに似ているようなって」
「ほう、私の好みじゃない⋯⋯ね。やっぱり千咲ちゃんはわかってんなぁ!」
ちょっとだけメンタルが回復した。小さい人間だと笑うが良い、惨め野郎だと罵るがいい。それでも一ノ瀬を貶める時だけに得られる栄養素があるのだ。やっぱあいつは友達じゃねえな。
概ねどっかのアイドルにでも似ていたのだろうか。なんか考えれば考えるほどイラつく野郎だぜ。美形ってそれだけで嫌い認定したくなる。
「それよりも、何を落ち込んでいたんですか? 私で良ければ話聞きますよ!」
「いやー、改まって話すのも恥ずかしいな。そんな大したことじゃないし、面白い話でもないんだけどさ」
一回りどころか数回り小さい女の子に話すのもなんだか変な話だけれど、邪な考えを抱いてしまったことを告白した、いや、邪な考えも告白もその通りなんだけども、女子高生と成人男性という組み合わせの最中に出てくるワードとしては不適切な気がする、ここでも反省。
俺の話を聞いて榛名ちゃんは笑い出した。そりゃもうケタケタと。おーい、アイドル志望さんや、若干笑い方が汚いぞ。「うぇひひ」だぞ。多分日本語に文字起こしするとそんな感じの発音だった。いや、可愛いけれど榛名ちゃんじゃなければ世間が許してはくれなかったぞ。
「いやー、笑いました。笑いました。涙が出てきちゃいそうです」
「そりゃよーございましたね」
「そんな拗ねないでくださいよ。あ、千咲ちゃんにお兄さんに泣かされちゃったって連絡しようかな」
「本当にやめてくれよ」
生殺与奪の権利を他人に握らせるなって流行りの漫画で言っていたな。あれってこういうことなのか。まあ、流行りに逆張りをしている俺は例によって見てはいないけれど。
⋯⋯それにしてもえげつない発想をしてくる。子供ゆえの残酷さか、俺はガキの頃に捕まえたトンボを思い出した。
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