第11話

「佐藤の中高生の頃の夢は?」

「あ? そんなもんねえよ。漠然と大学生になって、そのまま流れでサラリーマンになるんだろうなって想像をしていた。強いて言うなら夢叶って今この場にいるぞ。想像と違うのは思っていた以上に残業が多いところだけどな」

「はー、佐藤って普段俺のことつまらないやつとか弄くる割に、一番つまらない人間なのは自分だったってオチじゃないか。プププっ!」


 カッチーン。完全にぶちのギレーになったんだが。とりあえず更にお酒を頼む。煙草に火を付ける。怒りのボルテージをクールダウンさせる動きに見えるかもしれないが違う。一旦冷静になって敵を迎え撃つ準備をしているんだ。

 あ、でも酒入れたところでヤニ入れたから脳みそがグラッと揺れた。あー、駄目だこれ。あー、とりあえず俺がつまらなくないことの証明を⋯⋯。証明を⋯⋯。


「は、は、榛名ちゃんはー、お、お、俺と話すのー、楽しいってー、言ってたしー!」


 あー、舌が上手く回んねえ。考えもまとまらないけれど呂律が特にヤバい。⋯⋯というか俺今なんて言った。呂律以上にヤバいこと口走ってなかったか?

 ⋯⋯血の気と酔いが頭からスッと引いた。あー、本当に不味いことをしてしまったら人間案外酔いも熱気もぶっ飛ばして冷静になれるもんだね。今度から二日酔いの時はこうするか、こんな思いは二度としたくねえがな。

 さて、アルコールにも負けずいつも以上の回転数を叩き出す脳みそで思考するぞ。直近の確認事項は一ノ瀬が聞き取れたかどうか。こいつも大概酔っ払っているはずだ。それならば俺の回ってない呂律も合わせて何言っているのかわかってない可能性がある。

 顔を上げる。口角が上がりすぎて口裂け女みたいになっている化物がそこにいた。あんなにムカついているいつものイケメンスマイルが恋しくなる瞬間ってあるんだね。完全に玩具を見つけたときの反応だ。それもクリスマスプレゼント並の、一年に一回あるかどうかくらいの期待度だ。

 次にとぼける。これは時間稼ぎにはなるが根本的な解決にはならない。むしろとぼければとぼけるほど、この失態の大きさを一ノ瀬に悟らせることとなる。

 最後の案は、誤魔化す。まあ、これだろうな。しかしながら、生半可な嘘では追求を躱せない。真実は混ぜつつもそれよりも食いつきやすい餌を撒けばいい。ちょうど前の失態も合わせて全部誤魔化してみせる。今の俺は令和のジャスパー・マスケリン。世界を騙してみせる。

 まずは酔いが覚めていることがバレてはならない。あくまで酔っ払いが口を滑らせたという構図を保ち続ける。


「なあ、佐藤。その榛名ちゃんってのがお前が最近変わってきている原因の子か?」

「そうだな。榛名ちゃんと話し合わせるためにそれがし、勉強中でございます」

「その榛名ちゃんって子はどこの誰なの?」

「僕のオキニのガルバの子だよー」

「なんか、コロコロ口調変わるな。この後二軒目でそのガルバ一緒に行くか? 奢ってあげるよ」

「馬鹿野郎。お前と一緒になんかガルバ行きたくねえよ」


 しまった、つい素の口調で偽らざる本音が出てしまった。一ノ瀬とガルバ行くと超つまんないからな。俺のとこについた女の子まで一ノ瀬ばかりに声を掛ける。俺はひたすらドリンクを飲む。もうあの地獄は体験したくない。

 だけれども、これで断る口実が見つけられたのも事実だった。絶対に紹介しないという強い意志を見せつけることが出来る。そもそも、当たり前だけれどガルバに行ったところで榛名ちゃんはいないわけだが。

 よし、これで追求からは逃れることが出来たな。当の一ノ瀬はまだ疑いの目を向けてきているが、とりあえず第一関門は突破できたので良しとする。再び酔いすぎない程度に飲むか。とりあえずハイボールで。


「そんな佐藤がガルバにドハマリするなんてなぁ。お店の子は一回こっきりだから気が楽って言ってたのに。あんなに肩入れするなんて」

「そういうこともあるんだよ。誰かさんはお店でも逆ナンされて一回こっきりにならないかもしれないけれど。刺されてしまえ」

「その冗談、笑えないよ⋯⋯」


 時刻は21時過ぎくらい。そろそろ店を変えるか、家に変えるか判断するところだ。いつもならば一ノ瀬を付き合わせて2件目を探す準備をするところだが、生憎今日はそんな気分になれなかった。

 会計を済ませて外に出る。夏でも火照った体に夜風は気持ちいいものだ。若干フラフラする足取りで駅に向かう。もう少し酔っぱらっていたら歌いだして一ノ瀬にドン引きされるまでがセットなんだけどな。酔ったら歌を歌いたくならない? 俺だけ?

 結構飲んだけれど、この分なら明日には残らないかな。俺は特別強いと言い張れはしないけれど、一ノ瀬のようにペースを考えなければ前後不覚になるほど弱くはない。お調子者なので酔っぱらって何度もやらかしてはいるけれど。

 明日は休みだし、ゆっくり寝るかな。なんて思いながら歩いていると知った顔を見つけた。


「あら、お兄さん。奇遇ですね」

「⋯⋯千咲ちゃん。高校生がこんな時間まで出歩いているなんて危ないじゃないか」

「ここらへんでバイトをしていて、締め作業をしていたらいつもこの時間です。大丈夫ですよ。真っ直ぐに帰りますから」

「おー、高校生も大変だな。お仕事お疲れ様です!」

「ふふ、お兄さんも大分酔っているみたいですね。気をつけてくださいよ」

「おう、お互いにな」


 短い会話をして別れた。去っていく背中に軽く手を振る。⋯⋯うん。隣を見ることが出来ない。あぁ、また酔いが吹き飛んでしまったよ。出会ったのが榛名ちゃんじゃなくて千咲ちゃんだっただけ良かったと思うべきか。こっちの事情を察したのか、すぐに帰ったし。なにかに巻き込まれないように帰ったとも言える。


「佐藤、説明」

「嫌だ」


 いやいやながら隣をチラッと見ると口角が天に突き刺さりそうになっている一ノ瀬がいる。この写真撮ってガルバの店員に見せれば100年の恋だって冷めるんじゃないだろうか。こいつの上っ面の良さ、というか面の良さだけを見て騙されそうになっている人に悪評を吹き込んでいきたい。


「今日は終電まで、なんなら朝までだって付き合うぞ」

「勘弁してくれ。俺だって若くないんだ。そんな大学生みたいなことしてたまるか。帰るぞ」

「まあまあ、二軒目くらい付き合ってくれてもいいだろ。いつも介抱してやっているのは誰だと思っている」

「⋯⋯勘弁してくれよ」


 長い夜になりそうだ。酒飲んで、酔っぱらって、そのまま寝てしまうことも視野に入れる。ああ、俺ってもしかしてまだまだ若いかもしれないな。全く自身にならないことを思った。

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