Chapter11:Kir Royal

『キール・ロワイヤル』


シャンパンとカシスが奏でる、祝福の一杯。

乾杯の瞬間に立ちのぼる泡は、過去と未来を包み込むささやかな魔法。


再会の夜には、この一杯がよく似合う。


—————————


金曜日の夜、Bar 3rd Friday。


看板の灯は、三年前と変わらず静かに揺れていた。


沢渡誠は、いつものようにカウンターを磨いていた。

棚のグラスも、照明も、何も変わっていない──そう見えて、すべては少しずつ変わってきた。


扉が開く音。


「よ、久しぶり」


斎藤だった。

出張のたびに顔を見せていたが、今日はどこか違う空気をまとっている。


「第3金曜日で3人揃うのって、ほんと久しぶりじゃないか」


「そうだな。あの頃から、色々あったしな」


沢渡が穏やかに笑う。


「有村さんは?」


「今日はお休み。子どもが熱出してさ」


沢渡がグラスを拭きながら答える。


「……ああ、紗季さん(旧姓・有村)、そうか」


「……そうか。いいパパしてんじゃん」


斎藤は笑いながらグラスを受け取った。


————————


少しして、神原が現れた。


「よお。なんだよ、二人だけで乾杯すんのかと思ったぞ」


彼は以前のような軽さを残しつつも、どこか芯の通った落ち着きを帯びていた。


「聞いたぞ、事業もうまくいってるって?」


「まあ、ぼちぼち。春日とも結婚するよ、ようやくな」


「……それは驚いた」


「おまえら二人に比べたら、うちはだいぶ時間かかったけどな」


神原は席につきながら、グラスの縁を軽く指でなぞった。


「で、斎藤は?」


「東京に戻ることになった。来月から」


「戻ってくるんだな。そりゃ嬉しい」


三人の間に、柔らかな空気が流れた。


変わったこと、変わらなかったこと。

どちらも、どこか心地よかった。


—————————


そのとき、扉が開く。


「おう……今日はいい夜だな」


元マスターが現れた。


「カクテル、今日は僕がつくるよ」


沢渡が言いかけたが、マスターは手で制した。


「……最後くらい、俺にやらせてくれ」


カウンターの向こう、年季の入った手が、ボトルを取り出していく。


シャンパン。 カシス。 グラスに泡が立ち上がる。


「KIR ROYAL──門出に、再会に、一番ふさわしいやつだ」


三人にグラスが手渡される。


「じゃあ、これからも──」 斎藤が言った。


「毎月、第3金曜日に、また集まろう」


「そうだな。今度は、俺たちのBar 3rd Fridayの第2章ってことで」


三人が笑った。


そして──乾杯。


東京タワーの灯が煌めいた。


—————————


再会の夜に咲いた、ロワイヤルの泡。


それは、変わらぬ灯の中で生まれた、新しい物語のはじまりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Bar 3rd Friday Spica|言葉を編む @Spica_Written

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ