真珠、ワークアウト初体験する

「ウェアはとりあえず普通のTシャツとジャージかスウェットの下でいいよ。みんなテンプレみたいなウエア着てるけどね。おいおい好きなの選んでけばいいし」


 新見はそう言うと、ふと思い出したように付け加えた。


「あ、スポブラは持ってる?」


「うん。あるある」


「履いてないスニーカーとかは?」


「んー…これとかどうかな?」


 真珠はシューズボックスからアディダスの白い箱を取り出すと、ふたを開けて中身を見せた。


「お、スタンスミス。なんで履かないの?」


 新見は箱からスニーカーを片方取り出し、まじまじと眺めた。


「それがさ、時々プッキュ プッキュ底が鳴るの。幼児の靴みたくて恥ずかしい」


 真珠は少し口をとがらせて、その靴を履いて歩く真似をしてみせる。


「全然オゲ、これでいいよ。てか、俺、プキュプキュ音の直し方聞いたことあるけど」


「いいよ、いまさらこれと合わせる服もないし。ジム用なら問題なしっしょ」


 いいながら箱に入っていた靴袋にスタンスミスを入れた。


「よし、じゃあ俺一旦帰って用意してくるから、11時に駅前な」


「うん、外まで送るよ」


 真珠は新見の背中をポンと押し、二人で玄関へ向かった。


 ***


 玄関で靴を履く新見の後ろに立ち、真珠はサイクルジャージの背中を覗き込んだ。


「うん、シミ残ってない。大丈夫」


 指でとんとんと生地に触れて確認する。


「洗濯ありがとな」


 新見は振り返って、にかっと笑った。


「うん」


 真珠もにひっと笑い返す。


 新見は玄関でロードレーサーにまたがると、すぐに両ペダル上に立ち上がった。そのまま器用にバランスを取り、微速前進したままで振り返る。



「じゃ、後で」


 軽く手を振る新見。


「うん、バイバイ」


 真珠も小さく手を振り返した。


 クンっとペダルに力が込められたかと思うと、あっという間に走り去っていく。その背中は見る見るうちに小さくなっていった。


「速っや…」


 ***


 11時、駅前。新見はすでに待っていた。


「お待たせー」


「時間ぴったり。行こか」


 目指すビルの二階、ガラス張りのど真ん中にジムの派手なロゴ、左右の窓際にマシンが見えている。中で黙々と走ったり漕いだりしている人たちのシルエット。一番左の窓際ではエアロビクスの真っ最中。


「エアロビって、あれ効果あるの?」


「やったことないとわからんよな。ぶっ通しで踊るの、かなりきっついぜ」


「やったことあるんだ」


「うん。そんなかでインストラクタさん終始笑顔で、しかも声掛けしながら息も切れてないとか、まじ心肺機能の化け物だぞ」


「なんか興味出たきゃも。ルームランナーとかエアロバイクとかやってるのどうしても目に入るじゃん」


「うん」


「宣伝効果抜群だよね。でもさ、景色見ながら走るとか気持ちよさそーじゃん?」


 真珠はガラス窓を見上げる。


「そうかー、期待にそえるといいなー」


「なに、その棒読み。感じわるー」


 真珠はジトっとした目つきで新見をにらむ。


「へへへ。やってみそ。まー、景色も3分で飽きるから」


 ジムの受付カウンターで、新見が会員証を提示しながらスタッフに声をかける。


「すみません、友達紹介で連れてきました」


「はい、お待ちしておりました!ご紹介でのご入会ですと、お得なキャンペーンが適用になります」


 にこやかな女性スタッフが、タブレット端末を操作しながら説明を始めた。


「紹介してくださった新見様は、来月分の会費が一ヶ月分無料になります。そして、ご入会されるお友達は、入会金と初月の会費が無料になりますが、よろしいでしょうか?」


「マジで!?新見、あんたにも特典あるじゃん。ウケる」


「まあな。メリットないと誰も紹介しねーって」


 軽口を叩き合う二人を見て、スタッフは微笑ましそうに手続きを進める。



 受付で手続きを済ませ、真珠は父に電話で承諾を取った。


「おう、わかった」と大声が返る。


 ***


 ロビーで新見が小声で言う。


「不正利用すんなよ」


「しないよー」


「カメラで顔認証されてっからな。会員権剥奪即出禁」


「こっわ」


 ***


 更衣室でジャージに着替えた真珠は、鏡の前で髪を結びながら少し不安げ。

 ストレッチエリアに出ると、新見が柔軟していた。


「うわ、体やわらっ」


「怪我防止。ちゃんとやれ」


 真珠も真似して前屈するが、太ももの裏がすでに痛い。


「え、まだ始まってないのに痛いんだけど!?」


 と笑いながら叫ぶと、常連らしき女性が「最初はみんなそうよ」とクスクス微笑む。


「てへへ、頑張りまっす☆」


 最初は脚のマシン。負荷を軽めに設定されて安心したのも束の間、動かすたびに太ももが焼けるよう。


「ちょ、ムリ!脚ちぎれるんだけど!?マジで鬼畜〜!」


「効いてる証拠。3セットな」


「え、は?死ぬってそれ!?」


 次は背中。ラットプルダウンに座るが、バーが重い。


「いや待て待て待って!」


「肩甲骨寄せろ。ほら、ここ」


 新見が肩を指でつつく。真珠は「おぉ…!」と声を上げるが、数回で腕が限界。


「肩甲骨どころか魂抜けそうなんですけどー!」


 近くの女性二人組が顔を見合わせてニコニコ。小声で「彼氏さん指導優しいね」「カップルで来るのいいな〜」と話しているのが聞こえ、真珠は「え!?違うし!」と小さく叫ぶ。


 胸のトレーニングはさらに地獄。ダンベルを持ち上げた瞬間から「これもう凶器!」と大騒ぎ。

 ベンチに横になって押し上げるが、途中で止まってしまう。


「ちょ、ストップ!動かん!助けて死ぬ!」


 新見が軽く補助すると「神かよ…」と呟くが、次の瞬間には「いや悪魔だったわ!」と笑い泣き。


 終える頃には肩から腕にかけて石のように重く、息も荒い。


「腕もう石柱。こんなん続けたらマッチョになるって」


「あー、ならんならん。この程度じゃ絶対ならないから。女のビルダーさん舐めんなよ」


「まじ?」


「ああ。安心してもがけ」


「鬼!」


「じゃ、トレッドミル行くか」


 ランニングマシンに乗ると、最初は涼しい風と窓の景色に「やば、爽快!」とテンションが上がる。しかし数分で飽きた。


「棒読みの理由分かったわ!」


「外走るのが楽しくなる豪華特典付き、精神修養マシンだからな」


「いや修行とかいらんし!わたし悟り開かなくていいんで!」


 わちゃわちゃやってると隣の女性ランナーが吹き出して顔をそらした。


 プログラムが終わった時には、全身汗でぐっしょり。真珠は水を一気に飲み干し、床にへたり込む。


「…わたし今、溶けてスライム状になってる気分」


「あはは。じゃあ、クールダウンで終わるか」


 ***


 新見が笑ってプロテインサーバーを指す。


「あれ、飲むか?いちごミルク味あるぞ」


「…はあ、甘やかし来た。飲むわあ」


 紙コップを両手で抱えてゴクゴク飲む。


「うま…くはないが沁みるわあ」


 全身がぐったり。なのに、心地よい疲労と達成感が残った。


 鏡に映る頬は赤く、汗で光っている。

 隣で新見も笑っている。


 真珠は小さな声で言った。


「新見、ありがと」


「ああ」


「もちろんこの後もわたしんちで甘やかし、よろ」


 片手でフィグサインを作って、新見の大胸筋をつつく真珠。

 ぎょっとする新見。だがすぐに返した。


「マジか!」


「あれだよ、疲れ○○○ってやつ?」


「お下品な。女にもあるんか、それ」


 おもわず新見が真珠を見ると、えげつない事言った割に恥じらって顔をそむけた。


「まあいいや。男子高校生の性欲舐めんなよ。こちとらも無尽蔵だぜ」


(これ続けたら、マジでスタイル爆盛れかも…)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る