第32話 ミナ・シュナイツ その2

 

 本を借りに図書に足を運ぶと、天峰さんと遭遇した。

 知らない仲でもないので、一応挨拶しておく。


「こんにちは」


 返事が返ってくるかは微妙なところだけど。


「こんにちは」

「……っ」


 返ってきた。

 返事が嬉しくて、思わず私は尋ねてしまう。


「その本は?」

「読み終わったから返しに来たの」

「どんなお話なの?」

「恋愛小説よ」


 意外なジャンル。

 天峰さんもそういう系統のものを読むんだ。


「恋愛モノ好きなの?」

「好きでも嫌いでもないわ」

「そ、そうなんだ……。その本面白い?」

「つまらなかったわ。とても」

「……、天峰さんはよく本読むの?」

「あなたよりは読むと思うわ」

「……」


 ……あれ、なんだろう。この話しづらさは。


「もういいかしら?」

「え、あ、うん。ごめんね呼び止めちゃって」


 天峰さんは私から離れていく。


 ……やっぱり、近寄りがたい雰囲気を感じる。


 ***


「確かこの辺りだと思うんだけど……」


 私は体育倉庫の近くで、あたりを見渡した。

 今日の体育の時間に猫を見かけた。

 その猫がこの辺りに来るのが見えたので、好奇心でここまでやってきたのだ。


「やっぱりもういないかな」


 なかなか猫が見つからないので諦めようときていたそのとき。


 ──にゃー。


 そんな鳴き声が聞こえた。

 猫? 

 一瞬そう思ったけど、よくよく思い返すと、それは猫の声というより人の声に近い気がする。


 そんな声は、体育倉庫の裏から聞こえてくる。

 倉庫の裏に回ると、私は目撃した。


「にゃー、今日ね。女の子とたくさんお話ししたの。同じ学年の子で、その子とっても可愛らしいの。……お姫様みたいだった。やっぱりハーフっていいよね……」


 そこには、猫とお話ししている天峰さんがいた。


 あ、あああ天峰さんが猫とお話ししてるうぅぅう⁉︎

 しかもいつもと雰囲気違うし、あと多分私のこと言ってるよね⁉︎


 あまりの衝撃に、私は一歩後退してしまう。

 そのとき、木の枝を踏んでしまった。

 意外と大きな音がした。


「誰⁉︎」

「あ、いや……」


 天峰さんは絶望したような表情で私を見る。


「シュナイツ、さん……」


 なんと言えばいいか分からず、私は硬い表情でこう返した。


「は、ハロー」


 そんな私に、天峰さんは鋭い視線を向けてくる。

 もしかして私は物凄くヤバい現場を目撃してしまったのでは?

 口封じに埋められてもおかしくない雰囲気だ。……あぁ、このまま私は体育倉庫の裏に埋められて、学園の七不思議として後世まで語り継がれるんだ……。


「……シュナイツさん」

「は、はい!」

「こっちに来てくるしかしら?」

「かしこまりました!」


 私は素早く天峰さんの元に向かう。

 そして天峰さんと同じように座り込んだ。


「えっと…」

「何が望み?」

「え、」

「今見たこと黙っていてほしいの。私が出来ることなら何でもするわ。だからお願い」


 そう言って、天峰さんは真剣にあたしに頭を下げた。

 あれ、迫力に気圧されていたけど、もしかして私が優勢なのでは?

 なら……。

 

「じゃ、じゃあ一ついいかな?」

「えぇ、何度も言うけど私に出来る範囲でなら」


 ならきっと大丈夫だ。


 私は、欲望のままに天峰さんにお願い事を伝えた。


「私にも猫触らせて!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る