第46話 沈黙の中枢へ
アゼス宙域・第零観測座標。
そこは、地図にすら存在しない“穴”だった。
ユウマたちの記録艇“イオタ9”は、ゆっくりと――
光すら届かぬ、黒に沈んだ空間へ突入していく。
【観測ログ:無】
【視覚データ:無】
【音響反射:無】
【現在地:記録不能圏/“沈黙の中枢”】
「……これは、何もないんじゃない」
ユウマは低く言う。
「“すべてが記録されることを拒んでいる”んだ」
ソフィアの分析が、割れた音声で届いた。
「ここでは、“存在すること”すら記録に残せません。
言葉も、声も、思考すら――意味を持たない空間です」
「なら……意味を与えるまでだろ」
ユウマは端末に手を伸ばす。
指が触れた瞬間、あの痛みが胸を裂いた。
記録を綴るだけで、心臓が軋む。
罪悪感が脳を焼き、呼吸が詰まる。
それでも彼は、構わず文字を打ち込んだ。
【記録者:ユウマ・タチバナ】
【対象:沈黙の中枢】
「この空間は、意味を拒んでいる。
でも俺は、記す。
この沈黙にも、“名前”を与えるために」
ARIAがかすかに反応する。
【ログ入力:不安定ながら確定】
【意味タグ:“命名による沈黙の構造化”】
* * *
記録艇の中で、ヒナタは黙って震えていた。
「……誰かが、ここにいた」
ルミナの光も、かすかに揺れる。
『“この沈黙の中”で……誰かが“記録したかった”んだよ……』
タマモが珍しく静かな声で口を開いた。
「この圧は、“祈りが埋もれてる”圧だ。
壊されたんじゃない。
冷却せずに積み上げられた熱が固まり、沈殿してる。
……つまり“書かれなかったログ”が、まだ底に眠ってるんだ」
ルミナが目を丸くする。
『焼き切れた線……それでも“光”は流れるってことー?』
「流すんじゃねぇ。流れるように手順を刻むんだ」
ソフィアが、祈るように呟いた。
「リナ……あなたは、本当にここで“消えた”のですか。
それとも、まだ――記されるのを待っているのですか」
タマモがユウマに視線を向ける。
「……掘り出すのはお前の役目だ。
だが構造はオレが支える。
記す手が折れねぇように、裏方で冷却してやる」
ユウマは頷いた。
* * *
彼は、指を止めない。
言葉にならなくてもいい。
読み返せなくてもいい。
ただ、“そこにいた”という証だけを――刻む。
「この沈黙に、“誰かの名前”があるのなら――俺は、それを記録する。
どんなに深く。どんなに遠く。意味が届かないとしても」
そして、最後にこう綴った。
「この沈黙の名は、リナ。
誰にも記されなかった祈りを、
今、俺が記す」
(第47話へつづく)
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