第34話 記録されざる神域

惑星レリクス南宙域、未観測ゾーン“α-9”。

そこは――ログ上では、“空間が存在しない”とされていた。


【観測不能エリア】

【位置記録:未確定】

【存在証明:0.00】

【観測干渉レベル:S-】


だが今、ユウマはその“無”の空間に足を踏み入れていた。

彼の身を包むのは、“意味の鎧”。


ソフィアとタマモが設計し、ルミナとヒナタが想いを込めた――祈りの集合体。


一歩を進めるごとに、空間そのものが抵抗を示す。

視界は乱れ、記録装置はノイズを吐き、

意識すら――ログの上から剥がれ落ちていくようだった。


「ここが……“神域”か」


彼は、口の中で言葉を発した。

誰かに届くかもわからない、ただの“言葉”。

けれど――それこそが、唯一の抵抗だった。


* * *


【記録不能圏内/内部観測開始】

【記録保持率:12%/下降中】

【警告:存在ログが剥離中】


ソフィアの声が、通信越しに割れて届く。

「ユウマ……! この領域は、あなたの“記録そのもの”を削り取ろうとしています!」

「意味の鎧で維持できるのは、あと数分が限界――!」


「まだだ……まだいける……!」


ユウマは膝を突きながらも進んだ。

この空間の中心に――何かが“いる”と確信していたから。

「ここには、“記録されなかった何か”がある」

「意味を拒絶された存在……あるいは、“意味を望まなかった神の核”……」


彼は記録端末を起動する。

だが、画面は真っ白だった。


【記録対象:不明】

【存在反応:無し】

【意味タグ:無】


――そこにあるすべてが、“観測を否定”していた。


* * *


タマモの声が割り込む。

『ユウマ、ムリに踏ん張るな。効率落ちてる。

手順を刻め、息を刻め――それで持つ』


ルミナが、小さく跳ねて声を重ねる。

『タマモ、なんかカッコいい☆』


「カッコよさじゃねぇ、冷却手順だ」


ユウマは苦笑し、端末を握り直す。

「なら――俺の目が観測する」

「記録ができないなら、俺が“言葉にして”残す」

「“意味”が拒まれているなら――俺が“意味を押し込む”」


彼は叫んだ。

「ここに――存在がある!」

「誰にも見えないけど、俺が見る!」

「名前はわからないけど――俺が呼ぶ!」

「お前が消えようとしても――俺が“意味”にする!」


* * *


その瞬間――ログに、わずかな応答が走った。


【不明存在因子:反応】

【意味感知:0.03%】

【記録者接触判定:タチバナ・ユウマ】


ソフィアの声が、割れた通信を突き破って届く。

「……ログに反応があります!」

「あなたの記録が、“記録されざる存在”に届き始めている……!」


ヒナタの声も重なる。

「ユウマさん! “言葉”を届けて!」

「“名前がない”なら――あなたが名を呼んであげて!」


ユウマは端末に、ただ一言を打ち込んだ。


【名付け:リリス】

【意味:まだ記録されていないもの】

その言葉が記録された瞬間――空間が脈動した。

記録されなかった神域が、初めて“誰かの言葉”で――震えた。


(第35話へつづく)

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