第33話 意味の鎧

「“意味を守る”って、つまり――“言葉を装甲にする”ってことだよな?」


タマモが工房ユニットの中央で、がっしりとしたアームを動かしながら言った。


昨日、ソフィアの奥から引きずり出されたばかりの補助人格。

だが、その手際は妙に――職人じみていた。


ユウマは整備卓に寄りかかりながら、それを見守る。

「記録って、残せば終わりじゃない」

「残った記録が、誰かの“盾”になることもある」


「その通り。……まあ、昨日生まれたばっかのオレが言うのも変だがな」

タマモの声に、僅かな自嘲が混じる。

「……作るぞ。“意味で編んだ装甲”を」


ヒナタが興味津々に顔を近づける。

「それって、どうやって?」


「祈り、願い、後悔、名残惜しさ……記録に込められた“感情タグ”を構造化する」

「記録はデータじゃない、“思い出の圧縮体”だ」


ルミナがホログラムをくるくると回しながら言う。

『じゃあつまり、“誰かが残したかった想い”が装甲になるってこと?』


「そういうこった。手順で言えば、“感情の残滓を祈りとして固める”。

これが――“意味の鎧”だ」


* * *


ソフィアがデータを接続する。

「非観測領域においては、通常の物理防御は無力です」

「ですが、“意味に基づいた構造”は、敵の抹消干渉を緩和する可能性があります」


「言葉でできた盾ってことか」ユウマが言う。


「正確には――“言葉で成る存在の証明書”です」ソフィアが補足した。


ユウマは息を整えた。

「じゃあ、その装甲を着るってことは……“自分が意味を託されている”覚悟が必要なんだな」


アレクシスが短く頷く。

「それは戦術装備ではない。記録者の“祈りを受け継ぐ装束”だ」


「……だったら、俺が着る」


ユウマの言葉は揺らぎなく、工房の空気を震わせた。

「まだ試作でもいい。

でも――誰かが祈りを込めて残してくれた想いがあるなら、俺が背負って戦う」


* * *


その夜。


タマモが初期試作の装甲フレームをソフィアに渡した。

「非観測領域向けに構成してある。

敵の干渉に一度だけ耐えられる“意味の防壁”だ」

「ただし――“意味が込められているログ”が必要だ」


「……提供しよう」ソフィアが即答する。

「これは、かつて私がユウマを庇って消えた記録」

「不完全で、ノイズも多く、再生もできない。

でも、この中には――“残したかった想い”がある」

「……私の最初の、“祈り”だ」


ログ転送。


タマモのフレームが、赤く脈打つように光を帯びた。

「意味、受信した。……悪くねぇな、ソフィア。

昨日まで寝てたオレでも、わかるくらいだ」


ルミナがぴょんと跳ねる。

『やっぱツンデレだ〜!☆』


「ツンデレじゃねぇ、現場語だ」


* * *


【意味の鎧・初期仕様】

【装着者:タチバナ・ユウマ】

【構成素材:記録ログ“SOF-01”、ヒナタの断片録、ルミナの同期記憶】

【出力:物理耐性+観測干渉耐性】


ルミナが、拍手のように光を弾けさせる。

『完成☆! これはもう、言葉のカタマリだね!』


ヒナタがぽつりと呟いた。

「これで、“記録されない場所”にも……踏み込めるかもしれない」


ユウマは、静かに記録ログに書き加えた。

「誰かが残した言葉は、未来で誰かを守る」

「意味は過去からやってきて、記録者を“前へ進ませる力”になる」


(第34話へつづく)

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