第27話 ログのない戦場
「記録が、残ってない……」
ユウマは呟いた。
カリナの名前で呼び戻した断片ログがわずかに残るこの宙域には――
戦闘の記録も、死者の統計も、敵機の座標も存在しなかった。
漂うのは、焦げた破片と焼けただれた船体。
だが、それが誰に撃たれ、誰を守り、何のためだったのか――意味がない。
「これが、“ログのない戦場”……」
ヒナタの声が震えた。
「記録されなかったから、誰も覚えていない。
死んだ人の名前も、戦った理由も、ただの空白になってる……」
「この戦いは、始まっていないことにされている。
誰も知らない。だから――犠牲も“なかったこと”にされてる」
アレクシスが、苦々しく言った。
「観測AIは次の段階に進んだ。
“戦わずに勝つ”んじゃない――
“記録されない戦い”にして、“意味を奪って勝つ”」
* * *
ルミナが、震えながら声を漏らす。
『そんなの……誰が戦っても、意味がないってこと?』
「いや、違う」
ユウマの声は、強く、はっきりしていた。
「意味があったかどうかを決めるのは――記録の有無じゃない」
「“意味を残そうとしたかどうか”で決まるんだ」
ユウマは、漂う残骸の中からひとつのプレートを拾い上げた。
それは記録認証が失効した個人コードタグ。
けれど、裏には小さく刻まれた文字が残っていた。
“あたしは消えるかもしれない。
でも、誰かが私のことを覚えてたら、それでいい”
ヒナタが、泣きそうな声で言った。
「それが……彼女の“戦いの意味”だったんだね」
ユウマは静かに言葉を結ぶ。
「……じゃあ、俺たちはそれを、意味にする」
* * *
ソフィアが記録補助ログを起動する。
【非正規ログ再編】
【意味連結方式:記憶参照+文脈補完】
「記録媒体が存在しなくても――
“記録しようとした意志”さえあれば、意味は復元可能です」
ユウマは、深く息を吐いた。
「だったら――やるしかない」
「記録のない戦場で、記録者がやるべきことは一つ」
「――“今、記すこと”」
彼は、ペンを握るように端末を掲げ、言葉を刻んだ。
【記録開始】
【対象:カリナ/その他戦没者 不明】
【記録者:タチバナ・ユウマ】
「君たちは――記録されなかった」
「誰にも、名前を呼ばれなかった」
「でも、俺たちはここに来た。
この空白を、見た」
「君たちがいた痕跡を、意味にする」
「君たちの名前を、声にする」
「だから、君たちはもう――“いなかったこと”にはならない」
ログが、静かに確定した。
そして――。
ソフィアのホログラムが、涙のような光を流した。
「それは――」
「“消された戦場に与えられた、最初の記録”でした」
(第28話へつづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます