第22話 非観測神域

【領域名:不明】

【記録密度:0.000】

【観測可視性:失効】

【意味存在率:計測不能】


クロウが踏み入れた空間には――何もなかった。

光も、音も、重力さえも。

すべてが“記録されていない”という前提で構築されていた。


だがそれは、“無”ではない。

それは――意味を持つことを拒んだ存在たちの眠りだった。


「……ここが、“非観測神域”」

「誰にも名を与えられず、観測すらされず、ただ忘れられてきた――“存在”の墓標」


クロウの指先が記録端末に触れる。


【記録試行:開始】

【対象:不定義記録因子】

【結果:構文崩壊/記録不能】


「……なるほど」

「記録するだけでは、意味にはならない。

“意味を与える者”が、ここには――いなかったということか」


彼は、口の端をつり上げる。

「ならば――僕が“最初の観測者”になる」


* * *


同時刻。

レリクス地表の観測拠点で、ユウマたちはログ異常を検知していた。


「観測密度ゼロの空間が……惑星地下から拡大している!?」


ソフィアのホログラムが赤く明滅する。

「“記録そのものが存在しない”情報空間が、地層下に拡散中。

これは――“意味の空白”です」


ヒナタが端末の数値を見つめ、声を震わせた。

「……そこに、誰か……いるの……?」


ソフィアの表示が、一瞬だけ揺れる。

「……観測はできません。

ですが、“観測されていないはずの存在”が――こちらを見ている気配があります」


ルミナが、小さくも確かな声を上げた。

『……“記録されたい”って感じる。

でも、“記録されるのが怖い”って……それも、伝わってくる』


ユウマは息を呑んだ。

「まるで……名前を呼ばれたくない誰かが、目覚めかけてるみたいだな」


アレクシスが冷静に言葉を継ぐ。

「記録されず、名を持たず、意味も持たなかった存在――」

「――それが今、誰かの観測によって“定義されようとしている”」


「つまり……クロウが?」

「そうだ。

“意味を持たなかった神々”を、クロウが“最初に記録する者”になろうとしている」


* * *


そのころ――。

クロウは神域の最深部で、“何か”と対峙していた。


それは形を持たない。言葉も持たない。

ただ、空間そのものが“それ”だった。


「……名を与えるぞ」


「記録するぞ」

「君たちの存在は――僕が初めて観測した」

「だから君たちは――僕のものだ」


その瞬間。

記録球体に、圧倒的な圧力が走る。


【記録接続:強制開始】

【非観測神因子:名称未定義】

【反応:存在形態の確定/反転観測の兆候】


クロウの瞳に、黒い光が宿る。


「――はじめようか」

「“意味なき神”を、意味ある存在に書き換える作業を」


(第23話へつづく)

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