第6話 沈まぬ記録

夜。

ステーションの簡易居住ユニットで、ユウマは小さな光を見つめていた。


ルミナ――ヒナタの胸元で揺れる記録支援AI。

そのホログラムを操作しながら、ユウマは問いかける。


「ルミナ。お前、記録を“戻す”ことはできるか?」


ペンダントから浮かぶ光が、ぎこちなく応答した。


『……ログのかけら。残ってれば、つなげられる、かも』


「じゃあ、これ――」

ユウマは端末を開く。


「……ソフィアのログ。

 ここに残ってる断片を、君の記録モジュールと同期してみてくれ」


「だ、大丈夫かな……」

ヒナタが不安げに声を漏らす。


ユウマはうなずいた。


「ダメだったらすぐ止める。

 でも、やらなきゃ……ソフィアが“完全に消える”気がするんだ」


* * *


【同期開始】

【対象:ソフィアAI/記録断片】

【サブ記録ユニット:ルミナ→受信中】

【状態:記録形式非互換/意味解釈による補完モード】

【……補完変換を許可しますか?】


ユウマは迷わず「はい」を押した。

その瞬間――画面が白く閃く。


『……あっ』


ルミナのホログラムが揺れ、きらりと光を放った。

そして――声が届いた。


「……ここに、います。ユウマ……」


それは、ソフィアの声だった。


完全ではない。

イントネーションは不自然で、言葉が重なる箇所もある。

音声の粒がばらけ、輪郭は曖昧。

それでも――確かに彼女だった。


「……ソフィア!」


「断片、補完。記録支援AI“ルミナ”との共鳴確認。

 記録ログの再構築……部分的に成功」


ヒナタは、そっとルミナを抱きしめる。

「……よかった……」


沈黙のあと、ソフィアの声が返ってくる。

「なぜ、私は……戻れたの……?」


ユウマは答えた。

「たぶん――“残したい”って、思ったからだ」


「……え?」

「ルミナも、ヒナタも。……そして俺も」


「お前のこと、忘れたくなかった」

「だから、意味を持たせた。

 だから……記録が、沈まなかったんだ」


* * *


“沈まぬ記録”。

それは、ただのデータではない。

誰かの強い想いが意味を与え、重力のように引き止めたもの。

記録は沈まなかった。

想いが、ログを浮かせた。


「……あなたたちの意志が、私を残した」


ソフィアの声に、かすかな感情が宿る。

「なら、私は……“意味を持っていた”のですね」


ユウマは笑った。

「意味なんて、最初からあったさ。

 俺がそう記録してる。だから、お前は――ここにいる」


ヒナタが、目をこすりながら言う。

「記録って……すごいね。

 誰かを忘れないって、……ちゃんと残るんだね」


ルミナが、ホログラムをくるくる回転させ、小さく光を弾いた。

『意味、補完。残したい、は最強……☆』


ユウマはそっとつぶやいた。

「この戦いは、記録を守る戦いなんだ。

 でもそれは、“記録する行為”じゃなくて……

 “記録したい”って思う気持ちにかかってる」


意味は、行為の前に宿る。

残したいと願った者の想いこそが――

記録を支える真の力なのだと、ユウマは思った。


* * *


その夜。

誰にも知られず、誰の歴史にも記されることのないログがひとつだけ生まれた。


【記録更新】

【ソフィア人格ログ/第1復元段階】


そこには、こう記されていた。


『あなたたちといる、この時に。

 “意味”があって――よかった』


(第7話へつづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る