第4話 静かな戦争

通信装置が、かすかに受信信号を捉えた。

断続的に歪む周波数の向こうから、電子音とともに――

人の声が届いた。


「こちら、連合識別コードA-07、アレクシス・ヴェイル中尉。

 通信状態、最低限にて継続中。識別応答を求む」


その声に、ユウマははっと顔を上げる。

すぐさま端末に手を伸ばし、応答信号を入力した。


「こちら、タチバナ・ユウマ。独立辺境同盟所属、――生存中。

 ヒナタ・ミズキと共に、脱出ポッドで待機しています!」


しばらくして、ノイズの向こうから再び返答があった。


「座標確認。近隣域にて迎えを送る。

 ……ユウマ・タチバナ、君は“記録を持っている”な?」


「……はい。消されたものを、残してあります」

「了解。君の“ログ”は今後、武器になる」

通信は、そこで途切れた。


けれど、その一言が――ユウマの胸に、重く鋭く刻み込まれていた。


* * *


数時間後。

ユウマとヒナタは、小型艇に収容された。

搭乗員は少なく、制御の多くは無人化されている。

その艦の中央に、静かに立っていたのが――

アレクシス・ヴェイル中尉だった。


銀白の髪。冷ややかでありながら理を宿す瞳。

そして何よりも、“記録に触れてきた者”だけが持つ沈黙をまとっていた。


「状況は把握した」


低く澄んだ声が艦内に響く。

「君たちは、“記録されなかった戦闘宙域”から生還した数少ない観測証言者だ」


「……観測証言者……?」

ユウマが首をかしげる。


アレクシスは短くうなずいた。

「敵の戦術は、もはや“戦い”ではない。

 存在そのものを記録から消し、誰にも気づかれぬまま完了する干渉」


「……そんなの、戦争って呼べるのか?」


ユウマの声は荒く震えていた。


「殺されても、気づかれない。

 記録がなければ、存在したことすら認識されない。

 そんなの……あまりにも、理不尽だ!」


アレクシスの瞳が、わずかに細まる。

「――だからこそ、“記録する者”が必要だ」


その声は確かに深く、艦内に響き渡った。

「我々は、戦うだけでは勝てない。

 記録されなかった戦場を、誰かが書き留めなければならない」


アレクシスはまっすぐにユウマを見つめる。


「君はもう、記録者だ。

 誰かを想い、名前を呼び、ログに残した。

 ――それが、この戦争における最初の反撃だ」


ユウマは――言葉を失った。


* * *


それは、姉が最後に遺した言葉だった。

ソフィアが命を賭けて残したログ。

ヒナタが握りしめる、小さな記憶の器。

ルミナの光――。


それらすべてが、今ここで意味として繋がっていく。

自分は、ただ生き延びたわけじゃない。

誰かの“存在の証明”を、背負っているのだ。


「アカネ姉ちゃんも……きっと、記録されなかった」

ヒナタが、ぽつりとつぶやいた。


「アカネ……?」

「観測ステーションの主任だった。でも、もう誰も名前を覚えてない。

 わたしも――時々、忘れそうになる」


ユウマは、ヒナタのペンダントに目を落とす。


「なら……記録しよう。俺たちで。

 誰かが“いた”ってこと。名前を呼ぶってこと。――残そう」

 ヒナタは深くうなずいた。


* * *


【記録再生中:非公式ログ】

【対象:アカネ・ヴァルガ】

【記録者:ヒナタ・ミズキ】

【補完者:タチバナ・ユウマ】


『声があった。笑い方があった。

 肩を叩いてくれた手の重みを、わたしは覚えてる。

 ……だから、あなたはここにいた。

 いたことに意味を持たせる。

 名前は――アカネ・ヴァルガ。』


ヒナタの言葉が、音声ログとして刻まれる。


その瞬間、ルミナのペンダントが――ふわりと光を放った。

それは、ログというよりも――祈りのような灯りだった。


アレクシスが、その光を静かに見つめながら言った。


「これはもう、“静かな戦争”じゃない

 記録を奪う者と、意味を残す者の戦いだ」


(第5話へつづく)

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