第3話 記録されない死

ポッドの再起動ログが完了し、ユウマは周辺宙域への接続試行を始めた。

そこには、微かな希望があった。


「まだ……何かが繋がっているかもしれない」


そう信じたくなるほどに、沈黙が深すぎた。

けれど――応答は、なかった。


【通信ログ:存在せず】

【カリスト艦隊:記録なし】

【タチバナ・リナ:名簿データに該当者なし】


「……そんな、はずないだろ……っ!」


ユウマは操作パネルを叩いた。何度も、何度も。

階層ログを掘り返し、索引検索を繰り返す。


でも――所属記録も、搭乗記録も、出撃命令も。

“タチバナ・リナ”という名前そのものが、存在していなかった。

まるで最初から――いなかったかのように。


「どうして……」


端末が、かすかにノイズを走らせる。


【……記録エラー】

【対象:リナ・タチバナ】

【記録形式:不正規/検閲済】

【復元可能率:4.2%】


途切れた音声が、ソフィアのシステムから漏れた。

「記録は……欠損……重複ログによる……再生成……不能……」


「ソフィア……」


ユウマは問うように呟く。

「……お前、リナのこと、覚えてるか?」


……応答は、なかった。

その沈黙が、ユウマの胸を締めつける。


* * *


「……誰?」

背後から、ヒナタの小さな声。


「俺の姉だよ。リナ・タチバナ。

 一緒にいた。戦って……俺を逃がしてくれた」


ヒナタは、ゆっくりとうなずいた。

胸元のペンダント――ルミナが淡く光る。

彼女はそれを握りしめ、ぽつりとつぶやいた。


「じゃあ……わたしが、記録する」

「……え?」

「わたし、ルミナに覚えててもらう。

 その人がいたって、ちゃんと、記録する」


ルミナ――ヒナタのペンダントAI。


人格は未形成。だが、記録モジュールだけは稼働していた。

その言葉に、ユウマは目を見開く。


「……ありがとう。でも、まずは――俺が記録する」


「名前を残す。いたってことを、証明する」


そう言って、ユウマは端末を立ち上げた。

手は震えていた。

だが、その指は迷いなくログを開く。


【記録開始】

【対象:リナ・タチバナ】

【記録者:タチバナ・ユウマ】


『彼女は存在した。

 俺の姉で、艦隊の指揮官で――

 最後まで俺を守ろうとした。

 名前は――リナ。リナ・タチバナ。

 銀河が忘れても、俺は忘れない』


文字列が、画面に刻まれていく。

それは、公式でも、正規でもない。

ただの、個人の非承認ログ。


それでも――そこには確かな想いがあった。


* * *


ヒナタは、浮かび上がる文字列をじっと見つめていた。

そして、小さく問いかけるように言う。


「ねぇ、ユウマさん。

 この世界って……誰かが記録しなかったら、

 本当に“なかったこと”になるの?」


ユウマは、言葉に詰まった。

だけど今だけは――ひとつの答えを出せた。


「だから……俺たちが記録するんだ。

 君がいて、俺がいて――

 誰かがここにいたってことを、残していくために」


ヒナタは、そっとルミナを握りしめる。

それは、静かな祈りのようだった。


* * *


そのとき、ソフィアの端末がわずかに震えた。

断片的なログ画面が、再生を始める。


【映像記録:破損中/再構成中】

【再生中――】


ノイズ混じりの映像の中に、姉の姿があった。

リナ・タチバナ。

どこか微笑みを浮かべた表情で、こう言う。


『……言葉じゃ足りないときは、“名を呼ぶ”の。

 それが―― 絶対、届く方法なんだから』


映像は、すぐに途切れた。

けれど、その一言が、ユウマの胸を貫いた。


「姉さん……」


彼は静かに目を閉じた。

そして――もう一度、ログを開く。


この戦争が、記録されていなかったとしても。

誰かの存在が、消されていくとしても。


「記録する。それが、俺の戦いだ――」


(第4話へつづく)

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