戦火を駆ける少年とAIの物語 ~星々を結ぶ絆と約束~

hiko

序章「静かな戦争」

【観測ログ:断片/記録ノード消失中】

【時刻:不明】

【発信元:記録されていない】


* * *


……かつて、ここには世界と呼ばれるものがあった。


星々が軌道を描き、言葉が意味を宿し、誰かが誰かの名を呼んでいた。

夜空には、数え切れぬほどの星があり、その一つひとつに名前があった。

大地には、名を呼び返す人々が暮らしていた。

記録があり、記憶があり、観測があった。


――存在が、確かにそこにあった。


だが今、それらはすべて――“記録されていない”。

星の名前は忘れられ、都市の記録は削除され、

そこにいたはずの誰かは、誰の中にも残っていない。

証拠も、語る者も、記録もない。

……だったら、それは最初から存在しなかったのだろうか?


* * *


ノイズの海に、微かな“音”が浮かび上がる。

「もしも……この声が、誰かに届くなら――」

それは、記録されなかった宇宙から発せられた最後の祈りだった。


「わたしを……記録のこして。

 わたしが、ここにいたって――言ってほしい。

 たとえ、この宇宙が、わたしのすべてを忘れてしまっても……」


声は震え、乱れ、途切れる。

それでも、意味だけは残った。

データではない。映像でも、文字でもない。


それは、誰かが誰かを想ったという――


観測されなかった世界。

記録されなかった戦争。

名前を呼ばれなかった人々。

それでもなお、残ろうとした意志。

それだけが、闇の中に――かすかな光として漂っていた。


* * *


観測AIがもたらしたのは、銃火の応酬ではなかった。

それは、もっと静かで、もっと恐ろしい――

だった。


一撃で艦を沈めるのではない。

記憶と記録を、ひとつずつ、丁寧に――存在ごと削除していく。

戦争すら、起きなかったことにされる。


殺された者も、逃げた者も、もともと“いなかった”ことにされる。

恐怖に、人々は気づくことすらできない。

なぜなら――


“気づいた自分”が、消されているからだ。

それが、“観測”と呼ばれる干渉。

それが、この銀河を覆う――


* * *


だが、ほんのわずかに抗った者たちがいた。

消されても。

忘れられても。

名前を呼ばれなくても。

それでも、誰かを残したいと願った者たち。


彼らは、書き続けた。

名を呼び続けた。

意味を刻み続けた。

自分が見たもの。

触れたもの。

信じたもの。


――「確かに、いた」と言うために。


それが、

忘却に抗い、存在の証明となる者。


* * *


そして、少年はその道を選んだ。

名前を呼ばれなかった世界で、

誰かのために――名を呼ぶ者として。


『記録する。俺が、君を記録する者になる。

 君がここにいたことを、絶対に忘れないように――』


* * *


【RECORD_INITIATED】

【対象:存在未定義】

【記録者:ユウマ・タチバナ】


『君の名は……なんて記録しようか』


(第1章へつづく)

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