第7話 閻魔さまと朧宮美玖(おぼろみやみく)の対話 (後編)

 閻魔さまは美玖の話を聞きながら、彼女が亡くなるまでの状況や経緯を霊視していた。

 

 美玖は秋田県内の公立病院で働いていたが、別れた夫は消息不明で、娘の教育費や生活費など一切の支援をしていなかった。 また、職場では“打って安心計画”によるワクチン問題が浮上しており、医師や先輩たちの多くは2回目の接種で止めていた。

 

 しかし、美玖だけはその事実を知らされることなく、5回も接種を受けてしまっていた。そして1年半後、美玖はクモ膜下出血で命を落としてしまったのだ。 閻魔さまは全てを悟ったかのように、深く頷いていた。


「大変辛い思いをされましたね。残された娘さんのことが心配でしょう。44歳とは、まだまだ若いです。美玖さん、後ろの列に並んでいる人々をご覧ください。あの方々の多くが、“打って安心計画”の被害者なのです。孫や家族に迷惑をかけたくないと接種を選んだシニア世代の方々、幼い子供を残した20代の親たち、あなたよりも若い人々、そして子供たちも少なくありません。中には、知識を持つ人々から薬剤の危険性を指摘されても、『国が悪いものを勧めるはずがない』」と憤慨し、ワクチンを接種した人もいました。また、病院の規則により、入院中や最期の瞬間でさえ家族と会うことを許されず、永遠の別れを余儀なくされた人たちも含まれています。多くの人々が恨みや悲しみ、そして憤りを抱え、状況を理解できないまま私と向き合っています。と言ったところで、ここに来た以上、皆さんには天界に行くか、獄界を経由して下界へ戻るかという二択しかありません。残念ながら他の選択肢は存在しません。それでは本題に入りましょう」


 閻魔さまは彼女をまっすぐに見つめながら、こう話しかけた。その視線には威厳が宿り、心に重くのしかかるようだった。彼女はその圧倒的な存在感に立ちすくみ、肩を震わせながら次の言葉を待った。


「職場の医師や先輩、そしてワクチンの製薬会社に復讐を果たしに行きますか?それとも気持ちを切り替え、天界へ進まれますか?それから、あなたが犯してしまった罪を、どのように償うおつもりですか?あなたが裏切った友人は、人間不信に陥り、今でも孤独なままです。そして、離婚した元夫も、あなたとの結婚以降、多くの面で自信を失い、孤独の中で過ごしています。彼は友人や両親との連絡も絶っているようですよ。また、病院の患者たちは、あなたにもっと優しく接してほしいと感じていたようです。例えば、点滴の針を無造作に刺されるたびに痛みを訴えていたシニア女性たちが何人もいましたね。しかし、彼女たちの苦情を受けても、あなたはあまり気に留めず、毎日の業務の一環として深く考えないようにしていたのではないでしょうか。誰も見舞いに来ない老人にとって、あなたのような看護師と接する時間だけが安らぎのひとときでした。しかし、あなたは忙しさに追われ、どこか冷たい対応をしてしまっていましたね。そして、生前の出来事を振り返る今になって、ようやくその事実に気付いたというわけです。さあ、改めてお尋ねします。“打って安心計画”を推進した組織や病院に復讐を果たしに行きたいですか?それとも、昔の友人や元夫、そして病院で出会った老人たちに謝罪をしに行きたいですか?」


 この問いかけに、美玖は再び頭を抱え込み、やがて力なく答えた。


「いえ、もういいです。下界にも、あの病院にも戻りたくありません……。保育士として働き続けるのが嫌で、一生懸命勉強し、ようやく看護師になりました。でも、医療現場は私が想像していたものよりも、ずっと冷たく感じられました。予防接種がこんな結果を招くなんて……看護師になる前は全く想像していませんでした。医療とは一体何なのでしょう?医師や看護師は、患者の健康を支えるために存在するはずなのに……。でも、私はもう死んでしまったのですね。本当に現実とは思えません。ただ、娘のことが心配です。でも……死んでしまった以上、もう仕方がないのでしょうね。多くの患者さんを看取ってきた身として、その“仕方がない”という気持ちが、次第に強くなってきました。結婚はあのような形で失敗してしまいましたが、いつかは再婚して、今度こそ温かい家庭を築こうと考えていました。娘や友人と一緒に海外旅行に行く計画も頭の中で思い描いていましたし……。看護師は比較的気軽に転職できる職業なので、『まあ、こんな人生でも悪くないかな』と思うこともありました。でも……死ぬって、こういうものなのですね。案外あっけなくて……。残念な気もしますし、これで良かったような気もします。正直、自分の気持ちがまだ整理できていません。娘の将来を思うと、私が今ここで逝くのは本当に辛いです。でも、閻魔さまとこうして話を続けていても……そうですね……私は、出来るだけ平和的な道を選びたいと思います。ええ、天界に行くことにします!」


 美玖の声には、微かな震えが混じっていたものの、その瞳には決意が光っていた。彼女は深呼吸をし、心の中で別れと新たな旅立ちへの覚悟を固めた。


 閻魔さまは軽く頷くと、優しく彼女に語りかけた。


「そうですか。それで良いと思います。突然命を失うと、人は何が起こったのか分からなくなるものです。それでも、あなたが冥界に来たことには大きな意味があります。まだ40代のあなたには、年老いた魂とは異なる活力があります。その心意気で、下界の人々を元気づけることができるでしょう。私たちはあなたに大いに期待しています。この隣にいる鬼が、天界へのゲートまで案内してくれます。さあ、この冊子をお持ちください。ゲートを通ったら、是非お読みください。こちらは、私が書いた天界の取り扱い説明書です。あちらで快適に暮らすための方法が記されていますので、ぜひ参考になさってくださいね。現在、神が不足している状況ですから、あなたは大大大歓迎です!立派な守護神として、娘さんや地球の同胞たちをぜひ助けてあげてください。本当にご苦労さまでした――どうぞお達者で!」


 閻魔さまから取り扱い説明書を手渡された美玖は、感謝の意を込めて深々とお辞儀をした。 その後、鬼に導かれながら、ひっそりとゲートの中へ姿を消していった。


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異星人アリサと閻魔さまのトリセツ テーラー稲津 @taylorInatsu33

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