コカトリス・キッチン

奈良まさや

第1話

第一章 勇者免許とデートコース


「ねえ、ヤマト。今度の休みに青海駅前のダンジョンに行かない?」


彼女——美咲が提案したのは、俺たちが勇者免許を取得してから三か月後のことだった。

中央線の青海駅から徒歩十分。住宅街の一角にぽつんと佇む小さなダンジョンの入口は、

まるでマンションの地下駐車場のような平凡な外観をしている。


「また?先週も行ったじゃないか」


「だって楽しいんだもん。それに、コカトリス料理のレシピを考えるには、やっぱり現地で素材を見ないと」


美咲は29歳。俺より一つ年下だが、物事への探求心は俺の何倍もある。料理専門学校を卒業後、

都内の有名レストランで修業を積んだ経歴を持つ彼女が、なぜかコカトリスという魔物の料理に執着し始めたのは最近のことだった。


青海駅前ダンジョンは、初心者向けの練習場として人気が高い。地下三階まであり、各階がサッカーコート一面ほどの広さ。

出現する魔物はコカトリスのみという、勇者免許取り立ての者には理想的な環境だった。


「コカトリスって、雄鶏とドラゴンの合いの子なんでしょ?どんな味がするのかしら」


美咲の目は、いつも料理の話をするときに見せる、あの輝きを宿していた。



第二章 変わり者の夢


俺——水島ヤマト、30歳は、勇者免許を取得したものの、収入が安定しない現実に直面していた。

フリーランスの勇者として依頼を受けることもあるが、大抵は雑魚魔物の駆除や迷子のペット探しといった地味な仕事ばかり。

生活費を補うため、各地のダンジョンで清掃員のアルバイトも掛け持ちしている。


「ヤマト、私、決めたの」


ある日の夕食後、美咲が突然切り出した。


「コカトリス料理の専門店を開きたい。レストランを辞めて、独立するわ」


「は?コカトリス料理って...そんな店、需要あるのか?」


「あるわよ。きっと。だって、誰もやってないもの。それに、コカトリスの肉は栄養価が高くて、美容にも効果があるって聞いたことがあるの」


美咲の提案は突飛だったが、彼女の料理の腕は確かだった。俺が食べた彼女の手料理は、どれも絶品だった。


「でも、食材の調達はどうするんだ?」


「それよ。青海駅前のダンジョンなら、コカトリスが安定して出現するでしょ?私たちで狩りをして、新鮮な素材を確保するの」


「俺たちで?」


「そう。ヤマトは勇者なんだから、魔物退治はお手の物でしょ?私も料理だけじゃなくて、戦闘技術を身につけたいし」


美咲の提案は現実的とは言えなかったが、彼女の熱意に押し切られる形で、俺は協力することになった。



第三章 地下のレストラン


青海駅前ダンジョンの管理会社に交渉し、俺たちは地下一階の一角を借りることができた。

本来なら勇者の休憩所として使われるスペースを、簡易的な調理場に改装した。


「ここで料理して、その場で食べてもらうの。まさに『ダンジョン飯』よね」


美咲は目を輝かせながら、狭い調理スペースに必要最低限の設備を並べていく。

俺の役目は、コカトリスの狩猟と、客として来る初心者勇者たちの安全確保だった。


最初は半信半疑だったが、美咲の作るコカトリス料理は評判を呼んだ。

特に、コカトリスの胸肉を使ったローストは、鶏肉よりも深いコクがあり、ドラゴンの血を引く魔物らしい力強い味わいがあった。


「うまい!これは本当にうまいぞ!」


「コカトリスって、こんなに美味しいんですね」


初心者勇者たちの反応は上々で、口コミで「青海駅前のダンジョン飯」として知られるようになった。



第四章 変化の兆し


店が軌道に乗り始めた頃、美咲に微妙な変化が現れ始めた。


「ねえ、ヤマト。コカトリスの血って、どんな味がするのかしら」


「血?そんなの飲むものじゃないだろう」


「でも、魔物の血には特別な栄養素が含まれているって聞いたことがあるの。料理に活用できないかしら」


美咲の探求心は次第にエスカレートしていった。コカトリスの肉だけでなく、

内臓、骨、そして血に至るまで、あらゆる部位を料理に使おうと試行錯誤を重ねた。


「美咲、少し休んだ方がいいんじゃないか?最近、顔色が悪いぞ」


確かに、美咲の顔色は以前よりも青白くなっていた。それに、なぜか体温が低くなったような気がする。


「大丈夫よ。ちょっと疲れてるだけ。それより、新しいレシピを考えなきゃ」


そういえば、2か月ほど前、一人の客が俺たちに忠告を与えた。


「君たち、コカトリスの血は料理に使っていないよね?」


その男性は、魔物学者のマイクと名乗った。40代後半で、各地のダンジョンを研究して回っているという。


「血ですか?使っていませんが、何か問題でも?」


「コカトリスの血には『同化因子』が含まれている。継続摂取すると、摂取者の身体に変化をもたらす可能性があるんだ」


「変化って?」


「最悪の場合、魔物化する。特に、料理人のように毎日味見をする人は要注意だ」


俺はタナカの警告を思い出した。



第五章 異変


美咲の変化は、見た目だけではなかった。


「ヤマト、最近、生肉の方が美味しく感じるの」


「生肉?それは危険だろう。コカトリスは魔物なんだから、生で食べたら...」


「でも、美味しいのよ。それに、なぜか体調が良くなった気がするの」


美咲は、コカトリスの生肉を少しずつ食べるようになった。最初は調理の際の味見程度だったが、次第に量が増えていく。


そして、彼女の瞳に変化が現れた。


いつも優しい茶色だった瞳が、時折、金色に光るようになったのだ。特に、コカトリスを狩っているときや、生肉を食べているときに顕著だった。


「美咲、君の目...」


「何?目がどうかした?」


「いや...なんでもない」


俺は言えなかった。彼女の瞳が、まるでコカトリスのそれと同じ金色に光っていることを。



第六章 止められない変化


美咲の異変は日に日に激しくなった。


「ねえ、ヤマト。私、最近、コカトリスの気持ちがわかるような気がするの」


「気持ち?」


「うん。彼らが何を考えているか、何を欲しているか。不思議でしょ?」


美咲は、まるでコカトリスと会話でもしているかのように、魔物たちの前で立ち尽くすことが増えた。

そして、コカトリスたちも、なぜか美咲に対しては攻撃的ではなくなった。


「美咲、もう店を閉めよう。君の体に何かが起きている」


「何を言ってるの?お客さんたちが楽しみにしてるのよ。それに、私はとても元気よ」


確かに、美咲は以前よりも活動的になった。しかし、それは人間らしい活力とは明らかに異なるものだった。

彼女の動きは、まるで獲物を狙う肉食動物のような、野性的で鋭敏なものに変わっていた。


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