第9話 異能隊【剣持朔夜視点】

  涼音すずねが戻ってこない……。

 いや、分かってる。

 レディには――身だしなみとか、色々あるんだよな?

 落ち着け、朔夜さくや


 自分に言い聞かせながら、更に懐中時計の針を目で追うこと15分。

 ついに立ち上がった朔夜は、近場にいたボーイ(給仕)に、

『わたしの連れ――とび色の髪に琥珀こはく色の美しい瞳、身長160cm弱のほっそりとした、薄紅色の薔薇のように愛らしい17歳の令嬢――が、婦人用化粧室から戻ってこない』大事件を、早口で伝えた。

「はいっ……少々お待ちください!」

 慌てて立ち去ったボーイが戻ってくるのを、じりじり待っていると、

「あの、お客様」

 まだ少年のような見習いのボーイが、恐る恐る声をかけて来た。


「そのお嬢様でしたら……」

「何か知ってるのか!?」

「えっと、派手な着物姿のおばさ――女性と」

「許す、『おばさん』でいい! 続けて」

「はい! そのおばさんと太ったメイドが、10分ほど前に。可愛いお嬢様を引きずるようにして、裏口から出ていくのを見ました!」

 派手なおばさんと太ったメイド……間違いない。

 あのばばぁ――義母と義妹だ!


ぐっと爪が食い込む程、こぶしを握り。

何とか平静を装う。


「ありがとう! これはほんの気持ちだ」

 見習いボーイの手に10円札を押し込み、ぎゅっと握って感謝を伝える。

 10円は、今の価値だと約1万5千円。

「えっ! こんなに、いいんですか!? ありがとうございますっ!」

「きみは観察力に優れている。もし他の仕事に付きたくなったら、いつでも剣持家を訪ねて来てくれ!」

 目を輝かせた少年に、早口で伝えながら名刺を渡して。

 朔夜は資源堂パーラーから、飛び出した。


 すぐ横の脇道に停車していた、剣持家の黒い車。

 窓をコンッと叩くと、パーラーから届いたサンドイッチを食べていた運転手の渡部が、慌てた顔で飛び降りる。

「朔夜様、失礼しました! お早いお戻りで……おや、涼音様は?」

 後ろのドアを開きながら、尋ねて来た運転手に。

さらわれた」

 素早く後部座席に座った朔夜が、低くうなるように答えた。


「さらっ……!? すっ、すぐ警察に!」

「それより、軍の宿舎に向かってくれ!」

「はいっ!」

 渡部が、車を急発進させる中。

 ズボンに隠れた左の足首から、朔夜は竹筒の付いたベルトを取り外す。

 念の為に身に着けていた、使い魔の

 手早くベルトを装着した左手首を、開いた窓から突き出して、その名を呼んだ。

「あまねっ――!」

 壱、弐、参……伍まで数えたところで、

「なんや、朔夜―っ!」

 真っ白な小さなケモノが、流れ星のように飛んで来て、しゅるんっと竹筒の中に飛び込んだ。


「今日はお休み、ゆうたのにぃ」

「涼音が拐われた」

「は? なんやてっ……!?」

 竹筒の中でねていた周が、朔夜の言葉を聞いた途端、ぴょんっと顔を出す。

「一大事やんけ! 犯人はどーせ、あのおばはんたちやろ!? はよあの家に――」

「いや、あそこにはもういない」

 朔夜はきっぱり否定した。


「なら、どこ行くん!?」 

「それを知ってる奴らのとこだ……一足先に飛んでくれ、周!」


 車が猛スピードで帝国陸軍第8部隊、通称『異能隊いのうたい』の宿舎前に到着した時。

 背が高くがっしりした男と、細身の少年のような男――そろって黒い軍服姿の2人が、飛び出して来た。

「久藤! 九重――!」

 朔夜の呼びかけに

「おうっ、朔夜! せっかくの休みなのに、大事だな!?」

 がっしりした赤髪の男、久能巽くのうたつみが片手を上げて、

「先ぶれは届きましたよ、剣持先輩!」

 白い髪で細身の、まだ少年のような九重浅葱ここのえあさぎが、手首に乗せた周を掲げてみせた。


『異能』とは、常人には無い特殊な力――念動力や予知能力。場所や時間に加え、炎や雷等も自在に操る能力のこと。

 その異能を持つ仲間たちの力を借りて、朔夜は義母たちの動向を、その後も探っていたのだ。

 二人も一緒に車に乗り込み、九重の指示通りに渡部がハンドルを握る。


「念の為に、調べてはいたが。まさか、本当に仕掛けてくるとはっ……!」

 忌々いましまし気に、だんっ!と、車の扉に拳を打ち付ける朔夜。

「先輩、落ち着いてください。奥様の、義理の母親たちが今住んでいる場所は、ここから約15分。前の家から少し離れた――ここ、相生町あいおいちょうです」

 地図を差しながら、淡々と説明する九重の横で

「くーっ! 奥様! いいなぁ――俺も嫁が欲しい!」

 自分の肩を抱き締めて、久藤が身悶みもだえる。


「相生町か。古くからの住人が多い、閑静な一画だが」

「先輩が奥様を連れ去った際にケガを負った、たちの悪いヤツに逆恨みされて。

 慌てて手近の借家に、引っ越したらしいですよ」

「逆恨み、あいつか……」

 周が楽し気に、爪を剥がした女衒ぜげんを思い出す。

もっと、再起不能になるまで、叩きのめせばよかった!


「俺も連れ去りたいーっ!」

「ちょっと失礼……久藤先輩?」

 九重がじっと、夜明けの空に似た紫の目で、久藤の灰色の目を見つめると、

「はいっ……」

 一瞬で大人しくなった。


「九重の能力は、鳥や動物を操る『生物通詞せいぶつつうじ』だよな? 人間にも効くのか?」

『通詞』とは通訳のこと。 

「久藤先輩は、ほとんど動物みたいなものですから」

 眉を寄せた朔夜の問いかけに、すました顔で九重浅葱は答えた。


 目的地に着き、二階建ての家の裏に車を止めて、降り立つ三人。

「ここに涼音が――!」

「落ち着いてください、剣持先輩」

 今にも踏み込みそうな朔夜を制して、すっと九重が右手を上に伸ばす。

「おいで」

「ちゅんっ!」

 差し出した白い指に降り立った、一羽のスズメ。


「……そうか、ありがとう」

 ちゅんちゅんと首を振りながら、しきりに何かを訴えて来る、小さな茶色い頭を、優しく指で撫でて。

「涼音さんが、監禁されているのは二階。あの南天の木が見える部屋です。ケガ等している様子はありません」

『通詞』が訳した、何より大事な情報。

「そうか……良かった!」

 ほっとしたように、朔夜が深く息を吐き。

「よっしゃ、後は任せろ!」

 にやりと久藤が、腕まくりをした。


「たのもうーっ!」

 大声が響いた、二階家の玄関先。

「なんだ、なんだ」

「軍人が何の用だ?」

 何事かと、わらわら集まって来たのは、いかにもガラの悪そうな男たち。


「妻を、返してもらう!」

「何だこいつ――!」

 靴のまま玄関先に駆けあがった朔夜に、カッとなった男が、思い切り木刀を振り下ろした。

 がっと左腕でそれを受け止め、無造作に右手で軍刀を払う。

「うがっ……!」

 鞘に入ったままの、細身の刀。

 まるで舞の型のように、さほど力も込めてない動きに見えたが。

 腹を打たれた勢いで、壁に叩きつけられた男は、血反吐ちへどを吐きながら床に倒れ込む。


「おーおー、全開だな朔夜! 泣く子もまた泣く、冷徹無情な『氷雪軍医』。そいつの奥方をさらうなんざ、お前ら大した度胸だな――おいっ!」

 倒れた男の背中を踏んで立ち、残りの男二人の頭を、無造作に両手で掴んだ久藤が。

 まるでビリヤードの玉を当てるように、勢いよく打ち付けた。

「ぎゃっ!」

「ぐげっ!」

 顔を血だらけにして、のたうち回る男たち。


「お楽しみは、これからだぜぃ……!」

『身体強化』の異能持ち――久藤巽が、にやりと首を鳴らした。


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