38話 最高の舞踏会

「舞踏会は邸の大広間で催されるが、場所はわかるか?」


「ええ。ここにいた時、バジルとそこでカクレンボをして遊んでいたので」


「大広間でカクレンボを! お婆様が知ったら目をむいて怒るだろうな」


 アンソニー様は私の頭の上にポンと優しく大きな手をおくと、弓なりに目を細める。


「なら安心した。


 俺はこれから王家の影軍団と打ち合わせがあるから、悪いがエスコートをしてやれないんだ」


「軍団の人達がハイランド家へ来てるの!?」


「ああ。


 フィフィ家の脱税事件は今日がオオズメだろ。


 最後にもし何かあればいけないから、念のため招待客をよそおって数人が舞踏会に紛れこむてはずになっている」


「さすが王家の軍団だわ。ぬかりないのね」


 各方面から選びぬかれたエリート集団、王家御用達スパイ組織があると噂には聞いていたが、私は信じていなかった。


 白豚サムに会うまでは。


 身震いするほどおぞましかったサムが今では誰よりも愛しい人になるなんて、世の中は何がおこるかわからないものね。


「それと軍団の最高責任者に要望をだしているんだ」


「どんな要望なの?」


「脱税事件にかかわった犯人の処遇を俺に任せて欲しいという要望だ。


 もし叶えられれば、俺は処罰の全権をルルに託すつもりだ」


「それはダメよ。私は法律家じゃないもの。私には罰を与える権利はないわ」


「俺はそうは考えない。


 1番の被害者こそが持つ権利だと思う」


 アンソニー様が真摯な声で私を説得する。


「なら、お言葉に甘えて、遠慮なくやらせてもらうわ」


「よし。それでこそ俺の嫁だ」


 アンソニー様は満足そうに口角を上げると、瞬間魔法を使ってアッというまに私の前から姿を消した。


 一人になった私は舞踏会用のドレスに着替える為、パリスの所へ歩きだす。

 


「うわああ。なんて煌びやかなの」


 舞踏会の会場に到着するやいなや、豪華なシャンデリアが煌々と輝く天井をポカンと口をあけて見上げる。


 舞踏会に参加するのは何年ぶりになるんだろう。


 心細くなった私は助けを求めるようにドレスに視線を落とした。


 シルク仕立ての空色のドレスはお母様の形見だ。(空間ポケットはちゃんとこのドレスに移動させている)


 それを知っているパリスが「ルル様、何もかもうまくいくから大丈夫よ。だってお母様が一緒なのよ」

と言って着せてくれた。


「そうよ。大丈夫よ」


 つくった拳で自分の胸をドンと叩くと、会場の奥へ一歩ふみだす。


 会場には等間隔で丸テーブルが置かれていて、どのテーブルにも私が見たこともないご馳走やお菓子が

用意されている。


 それらの料理をつまみながら、着飾った男女がグラス片手にさざめきあっていた。


「なんて可愛いお菓子なの。


 犬や猫。パンダやコアラまでいるのね」


 会場をキョロキョロ見渡しながら歩いていたけれど、色々な動物の形をしたクッキーの前で足をとめる。


「決めた。私はコレをいただくわ」


 ところどころチョコレートでコーティングされた白鳥に手を伸ばした時だった。


 どこからか女の人の馬鹿笑いが聞こえてくる。


「きゃはははは。


 貴方達たら、いったいどこを見ているのよ。


 ま。男だったら磨き上げたこの身体に目を奪われて当然よね。


 しかたない。許してあげるわ。


 きゃはははは」


 声の方へおそるおそる視線を移せば、思った通りマリンだった。


 胸元が大きく開き、スリットの入った真赤なドレスを着たマリンが動くたびに、胸や太ももがチラリと見える。


 今日はいつもの可愛い子ちゃんキャラじゃないのね。


 シモン様がマリンに「アンソニーはむっつりスケベだから、セクシーな女に目がないんだ」と冗談を言ったらしいけど、それを真に受けたんだ。


「相変わらずお花畑の頭ね」


 クッキーを一口ほおばって、黒い笑みをうかべる。


 その瞬間「ガシャーン」とグラスが砕ける音がした。


 驚いて音の方へ視線を走らせると、マリンがワナワナ震えながら叫んでいる。


 さっきの音はマリンが手にしたグラスを床に投げつけた時のものだろう。


 マリンの足先に割れたガラスの破片が光っている。


「どうしてサムがこんな所にいるのよ!


 ここはお前のような下賤な白豚がくるような場所じゃないの!


 わかったら、今すぐここから立ち去りなさい。


 お前がいると会場がくさくなるでしょ!」


 マリンが胸の前で両手を組んでフンと顎を上げると、そばにいたネーネが大きく手を振りかざした。


「お前。白豚の分際でマリンちゃんに惚れていたのね。


 それでマリンちゃんが今日アンソニー様の物になると思って、邪魔しにきたんでしょ。


 そんな悪い白豚は私がボコボコにしてやるわ」


 会場にいる全員が三人に好奇の目を向けている。


「まるで白豚のような男は誰なんだ? 身なりからして貴族ではないようだが」


「わからないけど、たとえどんな人にしろあの母娘の態度はないわね。


 ネーネ様は今はフィフィ家の後妻におさまっているけど、確か元は平民のはずよ。やっぱりって感じだわ」


「「「「「そーよね。どこかお下品ですもの」」」」


 周囲はフィフィ家の噂でもちきりになっている。恥ずかしいわ。


 これもアンソニー様がサムの姿でマリンの前に現れたからだ。


「もう何を考えているんだか」


 イライラしてギュッと唇をかんで三人の様子をうかがっていると、突然サムの姿がアンソニー様に変わる。


 と同時にネーネとマリンが大きく目を見開いて驚きの声を上げた。


「「サムがアンソニー様だったなんて。これは一体どういう事なの!」」


「王家の命により、脱税疑惑の真相をあばくためサムに化けてフィフィ家に潜伏してたってわけだ。


 おかげで思った以上の成果をあげられたぜ」


 アンソニー様の力強い低声が、どよめく会場に響きわたる。


「脱税だなんて。私には何がなんだかわからないわ。


 邸の会計はルルに任せきりなのよ。そうだわ。あの子がつけた帳簿を確認して下さいな」


「帳簿ならここにあるわ!」


 私はネーネの前に出ると、空間ポケットから数冊の帳簿を床に投げつけた。


「なら話しが早いわ。


 帳簿のサインを見せなさい」


「望むところだわ」


 私はそう言うと、私の名前が書かれたページを開き、宙にうかべた。


「ほら。ごらん。やはりルルの仕業ね。ルルのサインがしてあるもの」


 ネーネが狡猾に笑う。


「ではサインが本物かどうか、鑑定魔法を使って確認してみるわ」


「やめなさい!」


 私の言葉にネーネが声をあらげたが、無視して魔法を発動した。


 そして鑑定結果が皆の前にさらされる。


「見て。このサインは偽物よ。


 一体誰が私の名前を勝手に使ったのかしら。


 それも魔法で調べてみましょうか?」


「やめてえー!!!」


 ネーネが両手で耳をふさいで、膝からくずれ落ちた。


「お前は私が犯人だと言いたいのね」


「その通りよ。だけどまだあるわ。ピーターを殺したのも貴方でしょ」


 私はそう言うと、ポケットからピーターの死体と魔石銃を披露する。


「きゃああああ。どうしてこれをお前が持っているのよー!!!」


 ネーネは頭をかかえて絶叫した。


 いい気味だわ。もっともっと泣き叫びなさい。


 貴方が悶えれば悶えるほど、私は心踊るのよ。


 今日は忘れられない、最高の舞踏会になりそうね。



 

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