21話 シモンの来訪とネーネの企み
邸の玄関に到着すると、ピーターが血相をかえて私達の方へ走ってきた。
「ワシの女房にまた何かご用ですかい?」
アンソニー様が渋面をする。
「勘違いするな、サム。
実はな。
邸の応接室に今、スライス公爵家のシモン様がいらしているんだ。
それでなぜか邸中の人に挨拶をしたいって、おっしゃられている。
そういう事だから、二人とも応接間にいそげ。
くれぐれも粗相のないようにするんだぞ」
なるほど。それで急にピーターが正装している理由がわかった。
貴族社会は厳密な縦社会だ。
格上の貴族に気に入れらると思いもかけない道が開ける場合もあるが、現実はその逆のケースが多い。
だからってピーター。ちょっとビビりすぎでしょ。ほんと笑える。
「連絡もなしに私達に会いにくるなんて、どうしちゃたのかな?
もしかしたら、ハイランド家に悪い事でもあったのかしら……」
「だとしたら、魔法便で知らせてくるはずだ。
どうせまた何か悪ふざけを思いついたんだろうぜ。
シモンの馬鹿野郎が。
事と場合によってはぶん殴ってやるぞ」
応接室へ続く薄暗い廊下を歩きながら、ヒソヒソ話をする私達をふりかえるとピーターが癇癪をおこす。
「静かにしろ! フィフィ家の格を貶める気か!」
ふん。安っぽい香水の香りをプンプンさせてるソッチの方がよっぼど貶めていると思いますけどね。
ま。テンパッテいるピーターには私達の話の内容を気にする余裕もなかったみたいで、スルーしてくれたのは良かったけど。
驚くほど気の小さな、くだらない男だわ。あんな男を好きだったなんて、黒歴史もいいとこね。
「ルルフィフィと夫のサムが参りました」
「お入りなさい」
応接室の扉をコツコツとノックするとネーネの気取った声が聞こえてくる。
「では失礼します」
ふてくされた様子のアンソニー様の腕をつかんで、やや強引に応接室の中へひっぱってゆく。
「ルル。
こちらにいらっしゃるのはスライス公爵家のシモン様よ。
お目にかかるのは初めてでしょ。しっかりとご挨拶なさい」
どっしりとした調度品が並べられた部屋の真ん中に置かれているのは琥珀色の応接セット。
そこに腰をおろしたネーネが、作り笑いをうかべる。
猫足の豪華なテーブルを挟んでシモン様と向かいあって座っているネーネとマリン。
二人は夜会にでも参加するような露出の多いドレスを身に着けていた。
まさにエロ親子って感じだ。見るからに品格がない。
「は、は、は、は、初めまして」
本当はシモン様とは初めましてじゃないから、のっけからドモってしまう。
「もう。お姉様ったらやーね。
ご挨拶もまともにできないんだから」
大きく胸元の開いたドレスを着たマリンが口元に手をあてて「オホホホホ」と上品ぶって笑う。
首には特大の真っ赤な宝石がついた黒いチョーカ。
胸にはギラギラ輝くブローチを何個もつけている。
邸中の宝石をあさってきたような感じは、尻軽な肉食女子にしか見えない。
「申し訳ありません。
実はルルとマリンちゃんは母親が違っているせいか、性格がまるで違いますの。
明るいマリンちゃんは初対面の人とでもすぐ仲良くなってしまうのに、ルルはね。
この通り陰気虫ですの」
ネーネは手にした扇を優雅にあおぐ。
「プウッ。人前で自分の娘をマリンちゃんって呼ぶのかよ」
私の目にはシモン様が必死で笑いをこらえているように映った。
幸いシモン様の声は二人には聞こえてなったようでホッとする。
「どうしてシモン様がこの邸にいらっしゃったのか、おわかり?」
まさかアンソニー様がサムに化けていたのがバレた。だったらどうしよう。
内心かなり動揺したけれど、
「わかりません」
ってできるだけ静かな声をだした。
「シモン様はアンソニー公爵様のお気持ちを伝えにいらしたの。実はね。
ハイランド公爵家のアンソニー様がマリンちゃんに片思いをされているのだって。
風の噂でピーターと結婚したと聞いても、まだ諦めきれないらしくてね。
それで今度、ハイランド公爵家でひらかれる舞踏会にマリンちゃんが招待されたの。
アンソニー様から、最後に一度だけワルツを踊らせて欲しいとお願いされたのよ。
マリンちゃんとのダンスの思い出を胸に抱いて、一生独身を貫かれるらしいわ。
あんな高貴な人にそこまで想われるなんて、さすが私のマリンちゃんだわ。
お前とは大違いね」
ネーネの言葉がおわるやいなや、アンソニー様がシモン様にツカツカとつめよる。
「俺がマリンを愛してるってか!
でたらめばかり言うんじゃない!」
眉をつり上げたアンソニー様はシモン様の首根っこにグイと手をかけた。
けれどシモン様は少しも動じず、ニヤリと口元をゆるめる。
そして、ここからは声をださずに口をパクパクさせた。
「マジ。驚いたぜ。お前が白豚ジジイになりきってるなんてさ。
まあ。そんなに怒るな。
俺は俺なりに、お前の力になろうとしてるんだからな。
たまには俺を信じろ」
私とアンソニー様は読唇術を身に着けていたから、話の内容がわかったけれど、学校の授業をサボってばかりいたマリンには理解できなかったみたい。
「シモン様ったら、水槽から飛び出た金魚の物真似がお上手ね。
周囲の空気が重たいから、笑いをとろうとされているのね。さすがの気づかいだわ」
って的外れな発言をしている。
「お黙り、サム。何を勘違いしてるの。
シモン様はアンソニー様がマリンちゃんを愛している、って言われたのよ。
お前じゃないわ」
「へへへ。そうじゃな。
年のせいか耳まで悪くなったようですな。
旦那様。申し訳ございませんでした」
アンソニー様はシモン様に深々と頭を下げた。
目はすごく怒っていたけど。
「気にしないでくれたまえ。白豚のサム君」
すまし顔でシモン様は片手をあげる。
「では、アンソニー様からのご用件は伝えたのでこの変で失礼しよう」
シモン様がゆっくりとソファーから立ち上がって、扉へ向かっていく。
と思ったら、途中でフイにこちらを振り返えった。
「忘れていた。伝なければいけない事がもう一つあった。
最近『フィフィ家が脱税をしている』という手紙があちこちの貴族に送り付けられているのを、ご存知ですか?
今日見たところ、邸の人々は皆、素晴らしい。そんな事をするはずないだろうに。
中傷に決まっているだろうが、誰かがフィフィ家を陥れようとしているようだ。
どうか十分にお気をつけください。
マリン様になにかあれば、アンソニー様は夜も眠れないでしょうから」
「脱税だと!?失礼な。
誰がそんな根も葉もない噂を」
「そうよ。嫉妬もほどほどにして欲しいわね。ね。お母様」
シモン様の言葉にピーターとマリンは激高する。
けれどネーネはこわいほど沈着冷静だ。
「そのような手紙が出回っているのですね。
実は鉱山の管理と邸の会計は長女のルルに一任しているのです。
ひょっとしたら、ルルが何か不手際をおこしたのかもしれません。
あとで調べてみますわ。
大事になる前にお知らせ下さり、まことにありがとうございます」
まっすぐにシモン様を見つめて、完璧なカーテシーを披露した。
ネーネの迫力ある色気は半端ない。敵ながらアッパレだ。
「美しいご婦人のお役にたてて光栄です」
少し頬を紅潮させたシモン様は早口でそう言うと、あわてて扉を閉めて去っていく。
「これで私達が邸を追い出されない理由がわかったわね」
「ああ。脱税の罪をルルに被せるつもりなんだ。酷い女だ」
「陥れられる前にやっつけてやる」
読唇術を使って、アンソニー様に怒りをぶつけた。
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