20話 つかの間の安らぎ
ピーターは私を睨みつけると、マリンを横抱きにして階段をのぼってゆく。
「久しぶりに階下へ来たけど使用人部屋って臭いわね」
ピーターの首に手を回したマリンは勝ち誇った顔を私にむける。
きっとマリンは私の悔しがる様子を見たいのだろうけど残念でした。
私は全然悔しくないもの。
「マリン。ゴミをひきとってくれて感謝するわ」
笑顔で答えるとマリンはムッとする。
「無理して笑わなくても、けっこうよ。痛いから。それにゴミって何のことよ?」
「わからないの?」
「わからないわ」
やっぱりマリンはお馬鹿だわ。
「ならいいの。気にしないで」
遠ざかってゆくマリンの姿に軽く手をふっていると、隣にいるモリスが首を傾ける。
「ルルお嬢様。
ゴミはピーター様のことでしょうか?」
「そうよ。大正解だわ、モリス。
ところで、さっきはマリンを呼んできてくれてありがとう。
マリンが来なければ、もっと大騒ぎになっていたところだわ」
「いえ。あたり前の事をしたまでですから。
では今日はこのへんで失礼いたします」
モリスは深く頭を下げると自分の部屋へ戻ってゆく。
正確に言うと、モリスはもうここの使用人ではない。
ネーネが私達以外すべての使用人の首をきった時に、モリスにも解雇をいいわたしていたからだ。
けどこの邸の1部屋を所有するモリスは永遠に邸に住める。
現在モリスは十分な年金をもらっているので、自由気ままに暮らせるはず。
なのにここで無償で執事として働く道を選んだのよ。
それは少しでも側で私を見守る為に決まっている。
私にとって、モリスはお金ではかえない素晴らしい宝物なのだ。
それから何事もなかったように数日が過ぎてゆく。
今日はアンソニ様ーと二人で邸の近くにある野原にきている。
それぞれが手に大きなバスケットをもって、小さな可愛い花を咲かせる野草の中を歩きまわる様子ははたからみたら、デートをしているように見えるだろう。
けど私達は食べれる草を探すのに必死なのだ。
ネーネがくれた食事代はあまりに少ない。
だけど工夫した料理をださないとあの人達の逆鱗にふれるだろう。
そこで私が考えたのが【野の草料理】なのだ。
薬草を探して油で揚げたり、刻んでスープにいれたり、パスタ料理に使おうと思っている。
「ねえ。アンソニー。ずっと不思議に思ってたんだけど、どうしてネーネはあの件を口実に私達を邸から追い出さないの?」
中腰になって、ハート型の葉をつける草の茎をポキッと折る。
「俺もずーとそれがひっかかっていたんだ。
妹の夫を魅了魔法で誘惑した。ルルの籍をフィフィ家から外すには十分の理由だろうに」
「やっぱり変よね。
きっと私にはまだ利用価値があるって事ね。
それが何かわからないけれど、大人しくやられるわけにはいかないわ。お互い気をつけなくっちゃね。
それはそうと薬草摘みはこれで終わりにして、そろそろ邸にもどりましょうよ」
食事の用意があるしね。ってアンソニー様に視線を移せば、突然アンソニー様が野原の真ん中にある大きな池の方へダッシュする。
「帰る前に食用ガエルを捕まえてやるぞ」
「お願いだからやめて。そんな事まで公爵様にさせるわけにはいかないもの」
「こら、ルル。忘れたのか。俺は白豚のサムだぞ」
ゼイゼイと息を切らしながら後を追う私をアンソニー様はふりかえると、悪戯っぽいキラキラした笑顔を見せた。
最強公爵様のまるで野生児のような笑顔は抜群の破壊力を発揮する。
「ううううう」
私は唸りながら、自分の手を今までにないほど高鳴る心臓にあてた。
「はああああ。良かった。ちゃんと動いている。壊れてはいない」
「何を一人でブツブツ言ってる?
今から食材を確保するから、静かにしろ」
アンソニー様は池のほとりでグエグエと鳴いている大きな蛙にむかって、人差し指をふる。
すると一瞬で蛙は凍ったように固まった。
「ほら。これも飯づくりに使え。
草ばかり食わせていると、ネーネ達から文句がでるだろうからな。
ルルのバスケットは魔法空間つきだったから、コイツらを預かってくれ」
「わかったわ」
私はうなずくと、アンソニー様から受け取った蛙をバスケットにしまう。
魔法空間にしまっておくと、品物は数時間いえ何年たってもそのままの状態で保存できる。
ここだけの話。
マリンは蛙料理が大嫌いなの。
でも魔法と使ってそれとはわからないようにして、食べさせてやるわ。
それで食べ終わってから、蛙料理だと伝えるつもりよ。
その時のマリンの吐き出しそうな様子を想像するだけでワクワクする。
「なんだその黒い笑いは。ルル。
一体何を考えているんだ?」
「ふふふ。アンソニーに嫌われるから、教えてあげない」
「なんだと。まだ俺の愛情が十分に伝わってないようだな。俺はどんなルルでも嫌いにならない」
私の隣に並んで歩くアンソニー様が、私の手をガシッと握りしめた。
あああ。アンソニー様の熱い想いが手から私の身体に伝わってくるみたい。
感激して、涙がこぼれそうになったから上を向いた。
「きれいな空ね」
繭のような白雲がポッカリ浮かんでいる、眩しいほどに青い空に目を細める。
「確かに。けどルルには負けるけどな」
「アンソニーったら。いつからそんなに口が上手くなったの」
「恋を知ってからだ。なんてな」
しっかりと恋人繋ぎをした私達はお互いの体温を心地よく感じながら、邸に向かった。
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