18話 秘められたお父様の優しさ

白を基調としたフィフィ家の邸はちまたでは白鳥邸と呼ばれていた。


 邸の真ん中には正面玄関がある。

 それを中心にして、左右対称にたくさんの正方形の窓が広がっていた。


 私が幼い時は邸中に大勢の使用人があふれ、活気に満ちていたのだ。


 フリルが可愛い白いエプロンをつけたメイドに侍女に料理人。


 黒い制服に身をつつんだスラリとした下僕達。


 広い庭園に四季おりおりの花を見事に咲かせるベテラン庭師もいた。


「なのにいつのまにか、すっかり寂れてしまったのね」


 食堂から使用人部屋に向かうため、飴色の廊下を歩きながら眉をよせる。


「ネーネ様が奥様になられてから、次々に仲間が首を切られてしまいました。


 まだ幼かったキッチンメイド達は今どこで、どうしているのやら」


 私の呟きにこたえるように大きな窓の外にひろがる庭園を眺めながら、モリスが太いため息をつく。


「そうだ。お庭も整えなくっちゃね」


 庭園に向かって人差し指をふると指先から繊細な銀色の光がこぼれる。


 とたんに枯れ木は初々しい薄緑の葉をつけた木々にかわり、あちこちに黄色、赤、白と色とりどりの花が咲く。


「素晴らしい。


ルルお嬢様の魔法は万能ですね。


お嬢様がいらっしゃれば庭師も不要ですな」


 モリスが目を丸くする。


「だけど私はやっぱり庭師に戻ってきて欲しい」


 初老だった庭師を私は「おじいちゃま」と呼んで慕っていた。


「ワシのお気に入りのルルお嬢」と目を細めながら、日焼けした大きな手で優しく頭をなでてくれたおじいちゃま。


「もう一度会いたいな」


「さようでございますね」


 モリスとニ人でガックリと肩をおとしていると、アンソニー様が突然いらだった声を上げる。


「ニ人ともそこでタソガレているだけじゃ、何も変わらないんだぞ。


 奪われた物はとりもどすんだ。


 だいたいルルが気弱だからこうなったんだろ!」


「わかったから、もうこれ以上は言わないで」


 微笑みながら、アンソニー様の唇に人差し指をたてて制した。


 これが出会った頃だったら、

「キツイ人! 鬼!」って泣きわめいていたただろう。


 けど、今は違う。


 アンソニー様が厳しい事を言うのは心から私を心配してくれているから、とわかってしまったから。


 使用人部屋は地下にある。


 廊下のつきあたりからのびる、短い階段を下りるとまず食堂にたどりつく。


 飾り気のない食堂の真ん中には木造の長方形のテーブルがドンと置かれている。


 私とアンソニー様がテーブルの周りにある椅子をひいて隣どうしに座るのを確認してから、モリスが私達の真向かいに着席した。


「さっそくですがお嬢様。


 これがネーネ様からお預かりしたおニ人の一日分の仕事です。


 できなければ即解雇する、と奥様はおっしゃられておりました」


 モリスが上着のポケットに手をいれて、キチンと折りたたまれた一枚のメモをテーブルの上に置く。


「どれ。俺にも見せてくれ」


 私がひろげたメモをのぞきこんでいると、横からアンソニー様が読み上げてゆく。


「朝一番の暖炉の火入れ。


 朝食の用意と後始末。


 シャンデリア、トイレ、馬小屋、東屋、庭園の掃除と靴とドレスの手入れ。


 昼食の準備と後始末。


 ベットメーキングにお茶の準備と後始末……。


 まだまだ仕事は続くが読むだけで疲れる。


 もうやめだ」


 勢いよくメモを床に投げつけるとアンソニー様はいらだったように髪をかきむしる。


 それはとても子供っぽい仕草で紳士がする振る舞いとは言えない。


 公爵様のこんな姿を見たら、世間の人はさぞ驚くでしょう。


 けど大丈夫。


コレを知っているのは私だけだから。


そうワ、タ、シだけなの!


 そう思うとつい唇がゆるんでくる。いけない。


 またアンソニー様に怒鳴られるわ。


いそいで気をひきしめる。


「これほどたくさんの仕事をふるなんて、メチャクチャね。


 普通なら泣き出しているところだろうけど、私には強力な魔力があるから大丈夫よ。


 アントワープ様には心から感謝するわ」


「アントワープ様への感謝は当然ですが、いくらアントワープ様でも0の魔力を100にする事はできません。


 元々お嬢様の身体には凄いパワーの魔力が眠っていたのでしょう」


「それをバジルの母親が覚醒してくれたってことか」


「その通りです。


アンソニー様。


 シーラ様の魔力はこの国の聖女にも勝るものでしたから、娘であるルルお嬢様にひきつがれても何の不思議もございません。


 残念ながら、シーラ様の偉大な魔力はいつのまにか消えてしまいましたが。


 前の専属侍女が退職して、次の侍女にネーネ様がついた頃から、シーラ様の魔力に異変があらわれたように私は記憶しておりますが」


 モリスの瞳に深い苦悩の色がみえた。


「「モリス。それってもしかしたら!?」」


 私とアンソニー様の声が重なる。


「老いぼれの私と同様、実はバロン様も同じ疑念をおもちでした」


「お父様がネーネを疑っていた?


 そんなはずないわ。


 だってお父様はいつもネーネの言いなりなっていたもの。


私の事だって少しもかばってくれなかったし」


 フィフィ伯爵家の忠実な執事として、お父様の事をおとしめたくない気持はわかるけど、嘘はいけないわ。


 片手でバンとテーブルをたたいて抗議する。


「バロン様はルルお嬢様のことはいつも気にかけておられました。


 けれど下手に自分が口出しすると余計にルルの立場を悪くする、とお考えになって黙っておられたのです。


 その証拠に『どうかルルの事を見守ってくれ』と私に土下座までされたのですから」


「お父様がモリスに土下座ですって!?」


 たとえ相手がどんなに優秀な執事であろうが使用人に違いない。


 伯爵が土下座をするなんて考えられなかった。


「はい。


 私はバロン様の気持に強く心をうたれました。


 そして自分の命をひきかえにしてでも、ルルお嬢様をお守りしようと心に誓ったのです!」


 モリスはつくった拳でドスンとテーブルをうつ。


 その顔はうっすらと紅潮して忠誠心にあふれていた。


「お父様はすっかりネーネに骨抜きにされていると思っていたけど、誤解だったのね」


 私は誰からも見放されたハズレ令嬢。


だったはずなのに実はそうじゃなかった。


 それに気がついたとたん胸の奥から温かいものがこみあげてきて、涙が頬をつたって落ちる。


「お父様。もっと長生きして欲しかったわ」


「私も同じでございます。


 お父様は私の老後まで心配してくださるお優しい伯爵でした」


 声をふるわせたモリスの頬にも私と同じ光る筋ができている。


 モリスに聞いたのだが、お父様はモリスの為に年金とモリス名義の部屋を邸に用意していたのだ。


「ルル。お父様の為にもフィフィ家の汚名を絶対返上しようぜ」


 少し時間がたち私が冷静をとりもどした時だった。


 アンソニー様が私の肩をグイと抱いて耳元でささやく。


 最強の公爵様。 


 優しく聡明なお父様とお母様。


 誠実な執事。


 ありがたい事に私は彼らから見守られ慈しまれている。


 だから彼らの為にも幸せになりたい!


 そして私を酷い目にあわせたヤツらを不幸のどん底に沈めてやる。

 


 

 

 

 


 



 

 


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