17話 私の甘辛公爵様

「わかったわ。


 なら地下にある私達の部屋へ行きましょう。


 けどその前に食堂をかたずけておきたいの。少しだけ待っててね」


 ニ人にお願いしてから、


「綺麗になーれ」


 と宙に人差し指で半円を描く。


 すると指先から銀色の玉がこぼれ落ちて部屋中でキラキラと輝きだした。


「きゃあ! まぶしい」


 思わず目を閉じる。


次に目を開けた時はすでに光は消滅していた。


 けれど天井に吊るされた大きなシャンデリアや大理石でできたテーブル、家紋入りの食器類……すべての物がまるで新品になったように美しい。


 我ながら凄い魔力だ。


アントワープ様に感謝しなくちゃいけない。


「床が鏡のようにピカピカだ。


 見ろよ。俺の顔がうつっているぞ」


 私のそばにいたアンソニー様も驚きの声をあげた。


 アンソニー様にうながされて、視線を移動させると床に精悍で美しい姿がポッカリと浮かんでいる。


「まるで床に描かれた絵画……」


 って言いかけてハッとした。


「たいへん、たいへん。


ここはフィフィ家よ。


 アンソニー、その姿じゃまずいでしょ。


 はやくサムの姿に変わらないといけないわ」


 ハラハラしていると、アンソニー様がきっぱりと拒絶の言葉を口にする。


「嫌だ」 

 って。


 だけどネーネ達に見つかったら話がややこしくなるでしょ。


「馬鹿! 


どうして急にそんな我儘を言うのよ」


 イラッとして声を荒げた。


「馬鹿はソッチだ。


 そんな事もわからないとはな」


 アンソニー様はアンソニー様で不満げにグイと眉をよせる。


「馬鹿で悪かったわね。


 あ、わかったかも。


 もしかしたら……」


「もしかしたら、なんだ。言ってみろ」


 アンソニー様の口元がほころびかけている。ような気がした。


一体何を期待しているのかな。


「脱税調査がメンドウになってフィフィ家から逃げ出すつもりね。


 また私は捨てられるんだわ。


 ピーターに裏切られたときニ度と人なんか信じない、って心に誓った。


 けどハイランド家の皆に親切にされて、もう一度だけアンソニー。


貴方を信じる事にしたのに。


 酷すぎるわ!」


 何度も同じ間違いをくりかえすなんてマヌケもいいところだわ。


 きっと私には貴族社会がむいてないのよ。 


 それがわかった以上もうここにはいたくない。


伯爵令嬢になんて一ミリも未練はないし、フィフィ家だってもうどうなってもいい。


そんなに欲しけりゃネーネに丸ごとくれてやるわ。


「私、決めたの。


 今すぐここを出て行くってね。


そしてこれからは一人で生きてゆくの。


 たとえ町でゴミをあさるような生活になっても大丈夫よ。


 愛している人に捨てられるよりずっとマシだもの」


 怒気と悲しみが胸の中でまざりあい、いつしかポロポロと涙をこぼしていた。


「じゃあ。さよならアンソニー公爵様」


 ゴシゴシと腕で涙をふいて、くるりとキビスをかえした時だ。


 アンソニー様に腕を強くつかまれて、一瞬でたくましい胸の中に抱き寄せられた。


「気が短いな。


勝手に決めつけるな」


「お願い。はなしてちょうだい」


「いや。はなさない」


 逃げ出そうとして身体の向きを変えようとしていると、余計に強く抱きしめられた。


「すでに俺はサムの姿になっているんだ」


「嘘よ。


私にはアンソニーにしか見えないもの」


「それは俺が魔法を使ったからだ。


 ルルには俺の真実の姿しか見えないようにな」


「どうしてそんな事をしたの?」


「どうしてって、好きだからに決まっているだろ」


 頭の上からふってきた思いがけない言葉に息が止まりそうになる。


「好きって……誰を……」


 もしかして、ひょっとして。いえ違うわ。


 頭の中がザワザワと混乱する。


「でも、アンソニーにはヘレンダ様がいるでしょう」


 アンソニー様を見上げてとまどっていると、ふいに唇にやわらかい物が触れてきた。


「誤解するな。


俺が好きな女は目の前にいるルルただ一人だ。


 それとも俺じゃあ、ダメか?」


 アンソニー様はソッと私から身体をはなすと真剣な眼差しを私に向ける。


 これは夢なの?


 捨てられたハズレ令嬢が誰もが憧れる最強の美公爵に告られなんて、現実にあるわけないもの。


 そう信じようとしてもいるのに。


 壊れそうなほど心臓は高鳴り、頬は燃えるように熱い。


 きっと私は自分が思っている以上にアンソニー様が好きなんだろう。


 なら正直になるしかない。


「ダメじゃないわ」


 肩を震わせてコクンとうなずいた。


 すると折れそうな位強く抱きしめられて、気が遠くなりそうな熱いキスが何度も唇におちてくる。


「ルルが可愛くて、可愛くてしかたないんだ」


 アンソニー様は同じセリフを繰り返す。


 もう完全にニ人だけの世界だった。


「もうそろそろよろしいでしょうか?」


 モリスが大きな咳払いをしてから私達に声をかけるまでは。


「ごめんなさい。モリス。


 私ったらどうかしてたわ」


 冷静さを取り戻すと、この場から消えてしまいたいほど恥ずかしかった。


「こちらこそ申し訳ございません。


 ニ度もお嬢様のお邪魔をしてしまい。


 しかしはやく手をうたないと、フィフィ家が取り返しのつかない事態に陥りそうなので……」


「そうだな。


モリスの言う通りだ。


 俺も浮かれすぎていた」


 アンソニー様はいつもの落ち着いた声をだす。


 さすがだわ。


一瞬で頭を切りかえれるなんて。


 こんな有能な美公爵に私が愛されている。


光栄すぎるわ!


「こら! ルル。


 俺達には至急やらなければならない事があるだろ。


なのに何をにやついているんだ。


 しっかりしろ!」


 アンソニー様はさっきまで私に向けていた、とろけそうな表情とは正反対の厳しい顔になる。


「そうよね。


 しっかりしなくっちゃ」


 私は両手で自分の頬をパンパンと叩きながら、自分に言い聞かせた。


 非凡なアンソニー様にふさわしい相手になるのはなかなか大変そうだけど、愛があればなんとかなる。


わよね?


 私の甘辛公爵様!


 

 

 

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