14話 あばずれ令嬢にされました

「ルルお嬢様。


 いくらサムと夫婦になったとはいえ、どうか正面玄関をお使い下さいませ」


 フィフィ家の裏口からアンソニー様(姿はサム)と一緒に邸の中へ入ろうとしたら、モリスがとんできて両手を広げて通せんぼをする。


「モリス、そんなに気を使っていると頭がハゲちゃうわよ」


 最近、モリスは薄毛を気にしていた。


だからちょっとからかってしまう。


「えええええ。


それは困りますな」


 案の定モリスは情けない声をだして眉を下げる。


その様子がおかしくて、「プッ」と吹き出した時だった。


 邸の奥から着飾ったネーネがツカツカと靴音をたててこちらにやってきたのは。


「あらあら。ずいぶんご機嫌なこと。


 その様子じゃ、初夜もつつがなくすんだようね。


 白豚のサムに抱かれた感想を聞きたいものだわ」


 ネーネは私の真向かいでピタリと足をとめると、手にした扇でゆっくりと顔をあおぐ。


「私は娼婦じゃないから、そういう話はしたくない」


 って鼻息を荒げたものの、そういう事実はなかったから、たとえ話したくても話せないのだけれどね。


「やーね。純情ぶっちゃって。


 ま、いいわ。


 それよりモリス。


 これからはルルをお嬢様と呼ぶのはやめなさい。


サムと結婚した以上、ここの使用人同然ですから。


 なのでルルには正面玄関からの出入りも禁じます」


「奥様、それはちょっと……」


 モリスは私とネーネの顔を交互に見てとまどっていたけど、何年もネーネに打たれ続けてきた私にはこの程度のこと想定内だ。


痛くも痒くもない。


「いいのよ。モリス。


ネーネ様の言う通りにして。


 じゃあ。ネーネ様。



 明日の学校の準備があるのでこれで失礼します」


 ペコリと頭を下げてその場を去ろうとしたら、信じられない言葉が耳に飛びこんできた。


「その必要はないわ。


お前は貴族学校を退学になったのだから」


「嘘……。嘘よ。


 どうして私が退学になったのよ?」


「学園長がお決めになったからよ」


「だから、それはどうしてかって聞いているんでしょ!」


 心が乱れ、イラだった声をあげる。


「そんなに興奮しないでちょうだい。


 お前は学校の成績も悪かったし、友達もいなかったでしょ。


 学校なんか行っても行かなくても同じような事じゃないの」


 ネーネはキュッと眉をよせた。


 そんなネーネに私は心の中で声を上げる。


 本当は私。


学校の勉強が大好きだったのよ。


 教室で授業をうけている時だけは貴方の仕打ちを忘れられたから。


 文学も歴史も魔法学も、その他の科目も座って聞いているだけで、自然と頭に入ってきた。


 私にとって学校は自分を成長させる大切な場所だったのだ。


 それなのに成績が悪かったのは、わざとテストを間違えていたからよ。


 マリンより優秀な事がわかれば、何をされるかわからないもの。


「人の気もしらないで……」


 押し殺した声を上げたと同時に騒ぎをききつけたピーターとマリンが現れる。


「玄関先で大声で争うなんてみっともないわね。


 お姉様。退学の理由はこれよ。


ほら」


 マリンはそう言って、手にした手紙の束を私の身体にバサリと投げつけたのだ。


 その中の一通が偶然顔にあたって、私の頬をスクッと切る。


「痛い!」


 思わず頬に当てた手をみれば少しだけど血がついていた。


けどそんな事を気にしている余裕はない。


 床に散らばった手紙を次から次へとむさぶるように読んでゆく。


ピーターという貴族の婚約者がいながら、使用人のサムと駆け落ちをしたあばずれ令嬢と同じ学校に通いたくありません。


 もしルルフィフィ伯爵令嬢を退学させないのなら、私がこの学園を辞めますー


 差出人はどれも有力貴族の令息令嬢で、誰もが私の退学を訴えていた。


「これは全部。学園長に届いた手紙なのよ。


 わかったでしょ。


 なぜお姉様が退学になったか」


「わかりっこないわ。


 だってここに書かれているのは嘘っぱちだもの。


 どうして皆はこんな酷い事を言うのかしら」


 呆然と立ちすくむ私の肩をアンソニー様はソッと抱き寄せると耳元で囁いた。


「俺達の事をおとしめる手紙がフィフィ家から目ぼしい貴族の邸に送られている、とノワールお婆様が言っていた。


 俺はバカバカしいから詳しく聞かなかったけれど、そういう事だ」


「はじめっからそのつもりで私とサムとの結婚をしくんだってことね」


 ピーターとマリン、私達の二組が睨みあっていると、すました顔のネーネが口をはすむ。


「そうよ。


 こうでもしないとマリンちゃんがピーターと堂々と結婚できなかったでしょ」


 相変わらずのマリンちゃん中心の勝手な理屈だけれど、なんかひっかかるのよね。


 えええーと。どこだろう、と首を傾げる。


 さっき確かにネーネは『結婚できなかった』と言ったはず。っていう事は……。


「まさかマリンとピーターはもう結婚したの?


 するとすぐに、

「「ピンポーン、ピンポーン」」

 とマリンとピーターが人差し指を縦に振った。


「お姉様がピーターと式を挙げたがっていたR教会で、お姉様が用意していたウエディングドレスを手直しして、無事式を挙げました!


 どう? 羨ましいでしょ」 


 マリンはピーターの瞳と同じ色の宝石がついた指輪が煜く手を、これ見よがしに私の前でヒラヒラさせた。


「新婚旅行の為って長い休暇をくれたのは、私がマリンの結婚式を邪魔できないようにする為だったのね」


「大正解。


 お前に裏切られたピーターをなぐさめているうちに、マリンちゃんはピーターと恋に落ちた。


 素晴らしいストーリーのヒロインの結婚式は大成功よ。


 できる事なら、お前にも見せてやりたかったわ」


「なんて汚いババアなんだ」


 口元に手をあてて勝ち誇ったように笑うネーネにアンソニー様がうそぶいた。


 私だって悔しくてたまらない。


 けどサム。いえ。


アンソニー様が私の為に怒ってくれている。今はそれだけで十分よ。


 そのうちネーネの秘密をなんとかして暴いてやるわ。


 そしてこの悔しさを二倍三倍にして返してやるのよ!

 


 

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