13話 バジルの予知夢

翌日の朝、私はアンソニー様と一緒に邸の広い玄関にいた。


 初めてここを訪れたときは不安がいっぱいだったのに、今は帰るのが辛い。


「後ろ髪を引かれる、ってこういう気持ちのことね」


 しんみりと私が言うと見送りにきていたノワール様、シモン様、バジル様、パリスが大口を開けていっせいに笑う。


「ちょっと皆様。


ここは笑う所じゃないでしょ」


「じゃあ泣けばいいのか。


こうやってオイオイと」


 シモン様が腕を額にあてて大げさに泣いたふりをしたら、また周囲は爆笑する。


「お! うけたな。なんちゃって」


「もう。シモンったら」


「悪い。けどさ。


俺ちっとも淋しくないもん。


 だって2人は悪者を倒したらすぐにここへ帰ってくるんでしょ」


「え。まあ。


そうなるかどうかわからないけれど…」


「絶対になる!


 ルルフィフィは継母軍団を倒して本物としてハイランド家へ帰ってくるのよ。


 くじけてはダメよ。


 ルル。頑張れ! 頑張れ!」


 アンソニー様の心を得る自信がなくて身体をモジモジさせている私に、ノワール様が拳をつくつた手を高く掲げてエールをおくってくれた。


 すると他の皆もノワール様に習って私を励ましてくれる。


「ルルちゃん。負けるなー」


「ルル様。ファイト!」


「ルル。頑張って!」


 いやいや。ここは運動会ですか?って感じだけど皆の気持は素直に喜しい。


「じゃあ。色々お世話になりました」


 私はペコリと頭を下げる。


「さあ。行くぞ」


 ここまで私達のやりとりを仏頂面で眺めていたアンソニー様が私の腕をひっぱって、邸の外に出ようとした時だった。


「待って、ルル。


 渡したいものがあるの」


とバジルがせっぱつまった声を上げる。


「あら。


子供のくせに気を使わなくていいのに」


 なんて言いながら、ちょっとホロリとした私にバジルはスカートのポケットから綺麗にたたんだ紙を取り出した。


「昨日。私、とても嫌な夢をみたの」


「「「「「どんな夢?」」」」」


 その場にいた全員がきれいにハモる。


「ルルがね。


魔獣に頭から食べられる夢なの。


 言おうかどうか迷ってたんだけど、あまりに現実っぽい夢だったからちゃんとルルに伝えておいた方がいいかなって思って」


「心配してくれてありがとう」


「これは私が魔法でかいた魔獣と魔獣を操っていた男の顔なの」


「どれどれ、早く見たいわ」


 バジルに手渡された紙をいそいで広げていく。すると視線の先に目つきの悪い恐竜に似た魔獣が現れた。


「いかにも悪そうなヤツね。


あとでゆっくり魔獣図鑑で調べてみるわ。


 それとこの男。


どこかで見た事があるのよ。


一体誰だったかしら」


 魔獣の横で杖をかかげる痩せた男の顔に目をこらし頭をひねる。


「わかった!


 この男とネーネがそっくりなんだわ」


 パチンと手を叩いて、大きな声を上げた。


 これってただの他人の空似なのかな?


 いやいや。私達の国にこんな濃い顔はそうそういない。


 ひょとしたら2人は親子とか。


なんとなく悪そうな雰囲気まで一致しているしね。


 バジルが予知夢を見たとすると、ここからはもっと気をひきしめなくっちゃ。


 そう自分に言い聞かせながら、アンソニー様とニ人でポリスが待っている馬小屋へと向かった。


 しばらくぶりに会ったポリスの毛並みは以前にまして艶やかで、相変わらす穏やかで優しそうな瞳をしている。


「これからフィフィ家まで乗せていってね」


 ポリスにペコリとお辞儀をした。


「さっきのバジルの絵だけどな。


俺はあの男を知っている」


「え! 本当に?」


 短い声を上げてアンソニー様の方へ顔の向きを変える。


「ああ。


 ハイランド家には犯罪者リストというのがあってな。


 俺は定期的にそれをチェックしていたんだが、あの男そっくりの顔がそこにあったんだ。


 すごく特徴的な顔だったからはっきり覚えている」


「そうだったの。


であの男は一体誰なの?」


 ゴクリとツバを飲み、身体を固くして答えをまっている私にアンソニー様は不敵な笑みをうかべる。


「ルルも薄々気がついているだろ。


 あの男の名前はネフトリア。


 砂漠の国を追放された元王室専属魔導士だ」


「そして私の継母。


ネーネの父親ってわけね」


「そうだ」


 アンソニー様は大きく頷く。


 フィフィ家の脱税疑惑にネフトリアと魔物の登場ときた。


「フィフィ家は危険なにおいでいっぱいね」


「だな。だけど心配するな。


俺がついているから」


 アンソニー様はそう言うと魔法でアッというまに、サムへ早変わりする。


 それを見て私もあわてて、魔法で綺麗なワンピースから使用人服へお着替えをした。


 白豚サムとハズレ令嬢夫婦のできあがりってわけよ。


 ポリスの背にのった私達はまっしぐらにフィフィ家へと向かった。


予定より出発が遅れ、途中、鉱山によれなかった心残りを胸に秘めながら。


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