11話 アンソニー様の愛しい人 アンソニー視点

ーフィフィ伯爵家に脱税疑惑がかかっている。


邸に侵入して真相をさぐれー


 王家からハイランド家へこんな密書が届いてから、俺はまず懇意にしている情報機関にフィフィ家を調べさせた。


 すぐ手元に届いた報告書には伯爵家の経済状態や家族に関しての調査結果が書かれていたのだ。


 財務は極めて良く借入金はない。


 当主はかなりの堅物だが仕事熱心である。


 後妻は前妻の元侍女のせいかとても辛抱強い。


 次女は際立って美しく性格は温厚である。


 あらためて読むと吹きだしてしまいそうな内容だが、ルルは手がつけられない我儘者で、継母を召使のようにこき使っていると酷評されていた。


 幼い時に両親を亡くした俺は同じような環境のヤツには人一倍手厳い。


「母親がいない可哀そうな私だから大事にされて当然でしょ。


って感じなのか」


 調査書に目を通した瞬間、まだ見ぬルル嬢に酷い嫌悪感を覚えた。


 なのにだ。


 醜い男に化けて邸へ行くと実際のルルは聞いていたのとはまるで違った。


「初めまして、サム。


 私は長女のルルフィフィよ。


 全然頼りないけど、困った事があれば何でも遠慮なく相談してね」


 最初に出会ったのは調理場だった。


 ルルは大きな黒鍋で芋を炊きながら、俺に細い手を差しのべてきたのだ。


 使用人の着る白い襟がついた紺色のワンピース姿の貧相な身体は、どうみても贅沢三昧、お気楽に育ったようには見えなかった。


 それにクシャとした気さくな笑顔で俺に接する様子は小さな独裁者とはほど遠い。


「情報機関のヤツらは一体何をしてたんだ。


継母の色香に惑わされて真実を見誤ったのか?


 こうなったらあの機関とは縁をきるしかないな。


 これからは俺の目で見た事しか信じないぞ」


 そう心に決めて邸で過すうちに、いつのまにか俺はルルの一挙手一投足にハラハラするようになっていた。


 妹よりもチビで痩せっぽちなのは十分に食べさせてもらってないからだったんだ。


 (一度、ハイランド家へ招待してお腹いっぱい食べさしてやりたい)


 年がら年中使用人の服を着て楽しそうに下働きをしているなんて、伯爵令嬢としてのプライドはないのか。


 (お高くとまった令嬢よりは100倍マシだが)


 なんだと! 妹に婚約者を奪われたのか!


 (バカヤローめが。もっとシッカリしろよ)


 それは俺の正義感がそうさせると信じていたのに、ネーネからルルとの結婚話を持ちかけられた時、

ドクンと胸が高鳴ったのには自分でも驚いた。


 あんな風に心臓が騒いだのは初めてだ。


 なぜだ。なぜなんだ。


 もしかしたら、俺は心臓病を患っているのか?


 ずーとその謎がとけずにいた俺にシモンが言い放つ。


「おかしいと思ったんだよ。


 ヘレンダ様一筋のお前が急に他の令嬢とひっつくなんて」

と。


 俺とヘレンダ様は幼い時から学校生活や社交界をともに過ごした。


 権威あるハイランド家の跡取りでも、両親のスキャンダルをネタに何度もからかわれたり、虐められそうになった事はある。


 その度に暴力をふるいそうになる俺を優しくつつんでくれたのが、少し年上のヘレンダ様だった。


 なので俺にとってヘレンダ様は特別な女性だ。


 けどシモンの言葉には違和感を感じた。


 それは俺にとってヘレンダ様はひっつくとか、ひっつかないという対象ではなかったからだ。


 その事に気がついた俺は自分の本当の気持ちがわかってしまった。


 ヘレンダ様はずーと見上げていたい憧れの存在。


 対してあのチビは全力で守ってやりたくなる存在なのだ。


 え?


 それはもしかしたら、そういう事なのか?


 この俺があんなさえない女を好きだというのか?


 混乱して、ルルの方に視線を移せばルルはポロポロと涙を流していた。


 おおかた腹でもへったのだろう。なんて呑気なヤツだ。




 

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る