8話 空色のドレスと欲望の山

「パリス。私おかしくない?」


ノワール様の待つ部屋へ入ろとしたら、足が震えて動けない。


「大丈夫、とっても綺麗だから」


「本当に?」


 ここ数年、使用人の制服しか着た事がないのでドレスを着た自分に違和感しかない。


「もっと自信をお持ちなさい。


目利きのモリスがルル様の為に選んだドレスよ。


 似合わないわけないでしょ」


「そうよね」


 上品で可愛いドレスは亡くなったお母様のモノだった。


 これを着たお母様の肖像画が邸の居間に飾られていたので、よく覚えている。


 最高のシルクで仕立てられた空色のドレス。


 フンワリとしたシルエットは柔らかなお母様の雰囲気にはぴったりだったけど、私には残念なはず。


「ルル様。


ここから暗い顔はナシよ」


 パリスは私の顔を覗きこんで念を押すと、パーンと両開きの扉を勢いよく開いた。


 と同時にノワール様が弾かれたように椅子から立ち上がったのだ。


「まあ! シーラ! 


 貴方、生きていたのね」


「あのう。


私はシーラの娘のルルです。ごめんなさい」


「なぜ、貴方が謝るの?


 貴方があまりにシーラにそっくりだったから、カン違いしてしまった私が悪いのに」


「私が母にそっくりですか?」


 幼い時はよく言われたけれど、大きくなってからは一度も言われた事はない。


 きっと顔かたちが変わってしまったのね、と思っていたので不思議だった。


「ボサボサ頭で使用人服のときはよくわからなかったけど、今のルルはまさにシーラそのものよ。


 やっぱりルルは正真正銘フィフィ伯爵家のご令嬢なんだね。


 なのにあの継母ったら。


 ルルを押しのけて自分の娘を跡取りにすえるなんて、一体何を企んでいるのか!」


 ノワール様はつくった拳でドンとテーブルをたたいた。


 この様子じゃ、すでにノワール様は私の悲惨な生い立ちを知っているんだわ。


 世の中にはずいぶんお喋りな人がいるもんね、と呆れていると私の向かいに座るアンソニー様とバチンと視線がぶつかった。


「すまない。


貴方の許可なく、お婆様に貴方の事を色々と話してしまった。


 話さないと、お婆様のヒステリー爆弾がとんできそうでな」


 綺麗な色のお茶や可愛いケーキの並んだテーブルを前にしたアンソニー様が、申し訳なさそうに頭をかく。


 フリルのついた白シャツ姿のアンソニー様は気品あふれる正統派公爵様といった感じで、それはそれで私の胸をときめかせる。


「気にしないで。


 ここでお世話になる以上、いずれ自分から話すつもりだったので。


 でも、さすがのアンソニーもノワール様にはお手上げなのね」


 2人の関係が微笑ましくて、口に手をあてて目を細める。


「なんだ! その馬鹿にした笑いは……」


「やめろ。アンソニー。


 彼女にかけるべき言葉はもっと他にあるだろ」


 アンソニー様の右隣に座り澄まし顔でお茶を飲んでいたシモン様が、肘でアンソニー様の脇腹をツンツンとつつく。


「それはどいうい意味だ?」


 アンソニー様は憮然とする。


 私はこれまで淑女教育なんて受けてないも同然だから、こんな高位貴族相手のマナーなんてまるで知らない。


 なので知らないうちに何かやらかしているのかな?


 それでシモン様はアラン様から私に注意するように促しているの?


「今の彼女を見た感想を述べよ」


「なぜ?」


「お前なー。新妻がお洒落をしてきたのにスルーする気か?」


「なるほど。そういう事ならしかたない」


 アラン様は顔をしかめる。


 その態度は本当にしかたなさそうだった。


 ま、私なんかいくら着飾っても誉めるに値しないって事なのね。


 そんな事はわかってたつもりなのにやはりシュンとする。


「あのう。無理しないで下さい」

と言おうとしたけど、かさなったアンソニー様の声にかき消されてしまう。


「ルル。1度しか言わないからよく聞いておけ」


「はい」


 圧のある声に思わず姿勢を正した。


「凄く綺麗だ。見違えた」


 瞳に優しい色を浮かべたアンソニー様が少し口角をあげる。


「そ、それは……ど、どうもありがとう」


 アンソニー様の顔が眩しくて、思わずうつむいてしまった。


 たとえお義理でも、ストレートに褒められて顔から火がでるほど恥ずかしい。


それなのにここで永遠に時が止まって欲しと願う、変な私なのだ。


「おおお。なんかメッチャいい感じじゃん」


 シモン様の声にハッとして顔を上げると、なぜかアンソニー様まで頬を真赤に染めている。


 きっと日頃言い慣れないセリフを口にしたからよね。


「うるさい。シモンは黙ってろ」


「いや。黙らない。


 女嫌いのお前を落としたルルちゃんって、どんな人かもっと知りたいもん。


 あのさ。ルルちゃん。


 知り合ったのは仕事先だって聞いたけど、それってどこなの?」


 手にしたカップの紅茶をゴクリと飲み干して、シモン様が綺麗な目で私を見つめる。


「あのう。そのう。


 私の邸にいたサムがアンソニー様で。えーと」


 パッと嘘がつけなくて、首筋に冷や汗をかいてしどろもどろしていると、

「フィフィ家の鉱山だ」

とアンソニー様がサラリと言ってのけた。


もちろん嘘だけど。


「鉱山って、あの欲望の山か!?


 出会いがアソコって色気なさすぎじゃん。


 ま、アンソニーらしいけどな」


 シモン様がお腹をかかえて、ケタケタ笑う。


「あのう。


フィフィ家の鉱山は欲望の山って呼ばれているんですか?」


「気にするな。


 シモンが勝手にそう呼んでいるだけだから」


「だってそうじゃーないか。


 あの山に眠る金をめぐって、色々な争いがくりひろげられているんだからさ」


「あ! 


父からも同じような話を聞いた事があります。


 人間を鉱山をいれるとロクな事がないって。


 だから鉱山に出入りできるのはフィフィ家の人間以外はドアーフだけになったそうです」


「へー。そうなんだ。


 ルルちゃんてさ、鉱山の事になると急におしゃべりになるんだな。


 さっきまで、すっごく恥ずかしそうにモジモジしてたのにまるで別人だ。俺、ギャップ萌えしたじゃん」


 シモン様が私にバチンと片目を閉じる。


 どうやらシモン様はかなりのお調子者みたいだ。


長く一緒にいると疲れそう。


 なんて失礼な事を考えていたら、急にノワール様がガタンと音をたてて椅子から立ち上がった。


「この辺でお茶会はおひらきにしましょう。


 ルルは疲れていると思うから、休ませてあげなくちゃね。


 パリス。


 ルルをバジルの部屋に案内してちょうだい。


 ルル。今夜はバジルの部屋で過ごして欲しいの」


「バジル様?」


「あら、ルル。


 まだアンソニーから聞いてないのね。


バジルはアンソニーの叔母なのよ。

 彼女は私以上に厳しい目をもっているから、嫌われないように気をつけなさい」


「へ?」


 ついマヌケな声をだしてしまった私を見てノワール様は悪戯っぽく微笑んだ。

 

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