17.同調

 「同調」の能力には三つの要素があるそうです。

 まずは「共有」。他人の能力を文字通り共有するもの。

 次に「強化」。他人の能力を強めるもの。

 そして能力名の由来になった「同調」。おじいちゃんも詳しいことは知らないそうですが、「能力者同士を繋ぐ」ものなのだとか。

 今までに、「共有」と「強化」を試したことはあり、使い方も分かっています。

 先ほど、景くんが「千里眼」を強化して使ったように、ちょっとした「強化」ならばお互いの体に触れるだけで使えるようにもなっています。

 けれど、肝心の「同調」はまだ一度も試していません。

 もしできたとしても、一体どんなことが起こるのかも分かりません。

 でも、私の中で何かが――きっと守司の「血」が――今がその時だ、と叫んでいたのです。


「玲那くん、本当にやるのか?」

 念押しをする翔くんに、静かに頷きます。

「……少しでもヤバイと思ったら、止めるからな」

 そう言いながらも、蓮治くんが私の肩に手を置きました。

「ま、気楽にいこうよ」

「玲那ちゃん、ボクらならきっとできるよ!」

 道輝くんが、景くんが私の肩に手を置きます。

 最後に、翔くんが少しためらいながらも、私の肩に手で触れました。

 ――はたから見れば、きっと「火事に動揺している私を四人が支えている」姿に見えると思います。

 誰もまさか、超能力の実験をしようとしているなんて、思わないことでしょう。


「始めます」

 深呼吸して、意識を集中します。いつもの「瞑想」です。

 目の前の第三倉庫……火事のことだけを見つめて。

 肩に置かれた四人の手の感触を、当たり前のことだと受け入れて。

 やがて、変化が起こりました。


 まずは視界が自分の体から離れました。景くんの「千里眼」です。

 視界が第三倉庫の中へと向かいます……が、既に煙が充満していて、何も見えません。

 これではいつもの「共有」と「強化」です。

 「同調」ではありません……。

(やっぱり、私には無理だったのでしょうか?)

 くじけそうになった、その時でした。

『玲那っち、あきらめないで。自分とオレっちたちを信じて!』

 道輝くんの「心の声」が聞こえました。

 「精神感応」が「共有」された、ということです。

 しかも、それだけではありません!

『おい、僕らにも道輝の心が伝わってきたぞ』

『それだけじゃねぇ。これは……俺たち全員の心が繋がっている?』

『翔くん! 蓮治くん!』

『ボクもいるよ~』

 なんと、他の三人の「心の声」まで聞こえてきました!

 私たちは今、「心の声」だけで会話しているのです。

『これが「同調」なのでしょうか?』

『どうだろうね? オレっちの能力が「強化」されただけにも思えるけど』

 心の中で、道輝くんと一緒に首を傾げます。

 「精神感応」での会話は感情も正確に伝わるので、なんかとても楽です。

『いや……違うのかもしれない。そもそも「共有」も「強化」も、「同調」の結果だとしたら?』

『翔、どういうことだ?』

『つまり、お互いの力を「共有」しあい「強化」されることが、「同調」という能力の正体ではないだろうか』

『いや、全然分からん』

 蓮治くんと同じく、私も翔くんの言いたいことがいまいち分かりません。

『言葉で説明するより、実際にやってみた方がいいだろう……。今から、僕の「透視」を発動するぞ』

 翔くんがメガネを外した気配がありました。

 「強化」されている時は、メガネをかけていても「透視」できるはずですが、より確実に能力を使おうという意志の表れかもしれません。

 ――すると、「千里眼」の視界に変化が現れました。

 なんと、煙が徐々に透けていき、視界が開けていったのです。

『これは……「千里眼」と「透視」の力が合体しているのですか?』

『しかもこれ、オレっちにも見えるぞ? 蓮治っちは?』

『オレにも、見える。はっきりと、第三倉庫の中が!』

『よし、思った通りだな。景、視点を移動してくれ。猫を探そう』

『りょーかい!』

 景くんが元気よく返事をすると、視点が第三倉庫の中を移動し始めました。

 黒煙が充満した倉庫の中は、夜みたいに暗いはずです。それなのに、色々なものがくっきり見えます。

『あれ? でも、これだけ「透視」が強いと、猫ちゃんも透けてしまうのでは?』

『それは大丈夫だ、玲那くん。どうやら「強化」された結果、透視したくないものはそのまま見られるようになっている』

『そ、それはすごいです……』

 感心する私をよそに、視点が倉庫の中をくまなく探していきます。

 そして――。

『あ、いた! 猫ちゃん、倉庫の一階の一番奥にいた!』

 景くんの言葉通り、猫ちゃんはそこにいました。

 かわいそうに、恐怖で震えて動けなくなっています。

 でも、一番隅っこにいたからか、まだ煙には巻かれていないみたいです!

『よし、まずは猫の安全を確保するぞ』

『けど蓮治くん、どうやって?』

『バリアを張る』

『バ、バリア!?』

 なんだかいきなり、SFな言葉が飛び出しました。

『そんな大げさなものじゃねぇよ。きれいな空気だけを猫の周りに集めて、熱と有毒ガスを遮断するんだ』

『そ、そんなことできるんですか?』

『ああ。オレは自分の周りに空気のバリアを張って、海の底を歩いたこともあるぞ』

『ええっ!? す、すごいです。海の底、私も歩いてみたいです』

『ま、いつかな……まずは猫だ』

 ――目には見えませんが、たちまち猫ちゃんの周りにきれいな空気が集まって、大きな玉ができあがったのが分かりました。

 これも「同調」で繋がっているからでしょうか?

『さて、どこからどこまでが「同調」の力なのか。僕らが視界を共有できているのは、どちらかというと『精神感応』が強化された結果であるように思えるが』

『翔くん、そういうことは後で考えようよ! まずは猫ちゃんをどうやって外に出すかだよ~』

『む、景の言う通りだな。どうする、蓮治。何か手はあるか?』

『そうだな……。景、翔、猫のいる辺りの外側を見ることはできるか?』

『外側……壁の向こう側か? やってみよう、景』

『ラジャー!』

 また視点が動いて、今度は猫ちゃんがいる辺りの壁が透けていきます。

 すると、たちまち外の風景が丸見えになりました。

 外側は雑草が生い茂っていて、他には何もないし誰もいないようです。

『よし、誰も見てないな。ならっ!』

 蓮治くんが倉庫の隅の壁に意識を集中したのが伝わってきます。

 そして、次の瞬間。なんと壁の一部が外側に向かって「スポッ」と抜けました!

 まるで「ところてん」みたいに!

『うお、自分でも驚くくらい、きれいに抜けたな。これも『強化』のおかげか?』

 しかも、やった蓮治くんが一番驚いてます。

『ま、考えるのは後だ。バリアに包んだまま、猫を外に移動させて……』

 猫ちゃんが、ビクビクと震えて縮こまった恰好のまま、横にスライドしていきます。

 ちょっとシュールです。

 やがて……猫ちゃんは倉庫の外の、かなり離れた場所まで移動されました。

 まだビクビクして動けないみたいですが、もう火事に巻き込まれることはないはずです。


『蓮治、その穴は塞いだ方がいいな』

『ああ。ここから新鮮な空気が入って、火の勢いが増すかもしれないから、だろ?』

『流石、よくお分かりで』

 「スポッ」と抜けた壁が、たちまち元へ戻っていきます。

 接着とかしなくても、大丈夫なのでしょうか?

『壁の構成素材自体を動かして、しっかり固定したから、多分大丈夫だ』

『ほ、ほえー。そんなことまでできるんですね』

 私が感心したその時、遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてきました。

 どうやら、消防隊がやってきたようです。

 これで一安心、でしょうか?

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