第一章 斜陽とブランコ

 あの頃は若かった。俺と彼女は学校が終わってから暗くなるまで、ずっと帰り道の公園で話していた。帰り道の公園といっても、彼女の住んでいるアパートの二階から見下ろせる近所の公園だった。それでも彼女が家に帰らなかったのは、母親と仲が悪いからだった。

 話していたことと言えば、「あの先生は喋り方が変」だとか「最近宿題が多すぎる」のような、いかにも高校生らしいことばかりだった。二人とも部活をしておらず放課後に暇を持て余していたことも相まって、高校生活、ひいては人生の楽しみはこの時間だけだったように思える。

 「わたしは普通に暮らしたいな…」

それが彼女の口癖だった。そして俺も決まって

「普通って?」

と訊ねていた。しかし彼女は毎度、目を伏せて口を閉じるばかりだった。

 俺は…何も知らないただの子供だったんだ。無知が言い訳にはならない、それほどまでに取り返しのつかない行いだったこともわかっている。でも…もし俺が彼女の境遇に、哀しみに、目を向けることができていれば、絶対にそんなことは言わなかった。どうして言ってくれなかったのかなんて、軽々しく言えるような事情じゃない。もう言ったって届かない。この理不尽な世界よりも、俺は、俺が憎い。

 その時、キィキィとブランコの揺れる音が、心の水底を照らした。日が長いとは言え、もうこんな時間だ。いつもこの時間になったら彼女は暗い顔をしながら家に帰っていた。ただ母親と仲が悪いだけ、そうやって楽観視していたから——

 ボロボロのアパートの、二○四号室。今でも空室のままなのだろうか。いや、きっとそうだろうな。あんな事故物件、誰も住みたがるわけがない。

 誰にも…住んで欲しくない。

 雨上がり特有のあの臭気に鼻を刺されながら、二○四号室を尻目に足を進める。

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東風が誘う来世まで 征乃 / Yukino @Yukino_30

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