夢パフェ
平 遊
夢パフェ
SNSで人気のカフェ。そこでは、運が良いと【夢パフェ】なるものが食べられるという。
いつ食べられるのか、誰が食べられるのかは、誰にもわからない。その時は突然やってくるらしい。
その人気のカフェにどうしても行ってみたいと彼女に
SNSを賑わせているだけあり、カフェは入るまで1時間以上待ちの長蛇の列。もう帰ろうと何度も彼女を説得するも、ことごとく失敗に終わり、店に入った頃には、大はしゃぎの彼女とは対照的に待ちくたびれて疲れ果てていた。
「あたし、ちょっとトイレ」
席に通されるなり、彼女は周りをキョロキョロと見回しながら、店内のトイレへと向かう。おそらく、噂の店員を探しているのだろう。
噂の店員――神出鬼没のイケメン店員。この店員だけが、【夢パフェ】なるものを提供してくれるのだとか。
くだらない。
実に、くだらない。
ため息をつきながら、コーヒーでも頼もうとメニューに手を伸ばした時だった。
「今日のラッキーカスタマーは、お兄さんに決定!」
いつの間にかテーブルを挟んだ真向かいの席に座っていた男が、満面の笑みを浮かべてこちらを見ていた。
フワフワとした茶髪の柔らかそうな髪。割にキリリとした顔立ちながら、細めフレームの丸メガネが、キツい印象を和らげている。
一言で言うと、イケメン。
きっとこの男が噂の店員だろうと、振り返って彼女の姿を探す。
けれども、彼女の姿はみつからなかった。それどころか、満席のはずの店内に、人の姿が見当たらない。
「えっ……?」
「ちょいちょい、お兄さん何をよそ見してるのかな?」
「いや、だって人が……えっ?!」
「はい、【夢パフェ】。どうぞ召し上がれ♪」
ほんの少ししか目を離していないはずなのに、テーブルの上には、ガラスの器に盛られた、星形やらハート形やらの飾りが付いたパステルカラーのパフェが鎮座している。
「いや、頼んでないし」
「あっれ〜? だってお目当てはこれでしょ?」
人の戸惑いもまったく意に介する風もなく、噂のイケメン店員は満面の笑みを浮かべたまま。
「いや、食べたがってたのは彼女の方で」
「でも、これはお兄さんの夢だから」
「は?」
「それに」
ごく自然にウインクをして、噂のイケメン店員は言った。
「なんたって、タダ、だから♪」
「は!? タダ!?」
「うん、そうだよ。だ・か・ら。安心して食べてみて」
なんとも強引ではあるが、そこはこの噂のイケメン店員の腕なのだろうか、そう悪い気はしない。どころか、結構食べたくなってきていたりする。
タダだし?
彼女も帰ってこないし?
せっかくだし?
ま、いっか!
そんな訳で、目の前の【夢パフェ】とやらに手を伸ばしてみた。
見た目は絶対に甘いパフェ。
けれども、一口含んだとたんに、思わず顔をしかめてしまった。
「にっが!」
「へぇ……お兄さん、諦めちゃったんだねぇ、夢」
目の前の噂のイケメン店員が、ニヤリと笑う。
「は? なんだそれ」
「夢ってね。味が変わるんだよ。状況によって」
テーブルの上に片肘を付き、その手の上に顔を預けて頬杖をついて、噂のイケメン店員は続ける。
「諦めた夢は苦いんだ。今正に頑張ってる夢は酸っぱい。壁にぶつかり中の夢はしょっぱいし、生まれたばかりのほやほやの夢はほんのり甘いんだよ。だけどね、どんな味だって、不味くはないはず。たとえ諦めてしまった夢だって、一度は夢中で追いかけた夢だからね。そうでしょ?」
彼の言葉を全て信じたわけではなかったが、目の前の【夢パフェ】をもう一口食べてみる。
相変わらず苦かったが、たしかに不味いとは感じなかった。
彼の言葉が本当なら、この夢は学生時代に諦めた夢なのだろう。バンドを組んでプロを目指していたあの頃。己の才能の無さに絶望して諦めた夢だ。
「今からでも、いつからだって、全然遅くはないよ。色んな夢、味わいたくならない?」
「それは、たしかに」
思わず、そんな相槌を打ってしまう。
「ていうかさ。お兄さんの夢、ひとつじゃないよね?」
「えっ?」
「忘れてるだけで、もっとたくさん、夢、あったはずだよ? 小さなものから大きなものまで」
空いた片手で自分の髪の毛を弄びながら、彼はからかうような視線を向けてくる。
「夢……?」
「も〜、仕方ないなぁ。これ、お兄さんだけの大サービスだからね? はい、追憶のコーヒー」
気づけば、【夢パフェ】の隣には、良い香りを漂わせているコーヒーが置かれている。噂のイケメン店員は、テーブルから体を離し、椅子の背もたれに体を預けて軽く腕を組んでいる。こちらの様子を、丸眼鏡の奥から楽しそうに眺めながら。
香りに釣られて、コーヒーを一口口に含んだ。とたん。
入社式で背筋を正しながら見た、輝かしい未来。
成人式で友人と語り合った、アホみたいな妄想。
中高時代に密かに抱いていた異性への憧れ。
ガキの頃にワクワクした純粋な思い。
それらがどわっと、頭の中に溢れ出てきた。
「パフェ、食べてみて?」
言われるままに、パフェを一口、口へと運ぶ。すると――
「なんだよ……なんだよこれ……なんてぇ目茶苦茶な味だよ……でも……美味い。滅茶苦茶美味い!」
「それは良かった」
噂のイケメン店員が、目を細めて嬉しそうな笑顔を浮かべる。
その笑顔に、ふと気になった疑問が口をついて出た。
「なぁ。叶った夢は、どんな味がするんだ?」
「そりゃあ……」
クスリと笑い、彼は答えた。
「
思わずゴクリと喉が鳴る。直後。
「知らんけど♪」
「おいっ! ……あ、あれっ?」
目の前には、目をパチクリさせている彼女の姿。
「なによ、どうしたの?」
「えっ? いや……」
気づけば、店内は満席。あの、噂のイケメン店員の姿は、どこにも見当たらない。
「探してみたんだけど、今日は噂のイケメン店員、いないみたい。残念……食べてみたかったなぁ、【夢パフェ】」
ガッカリと肩を落とす彼女に、まさかお先に【夢パフェ】をいただいたなんて、話せる訳もなく。
どデカいパフェを
もし叶うのならば。
いつか夢を叶えて、あの噂のイケメン店員が言っていた『
なんて事を夢見ながら。
【終】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます