【ChapterⅡ】Section:1 物理学

 魔法を学び始めてから五日が経過し、現在ステラは魔術の行使をより精密にするために物理学を学んでいるところだった。

 次元はそれぞれの分野で意味が異なるが、物理学において次元は本質的に物質への理解の拡張であり、量子論を理解すればするほど魔術の精度が指数関数的に増加し、操作できる粒子の単位もより細かくなっていった。

 もちろん、ただ愚直に起こされた魔術と同じ物理現象を量子力学的に起こすのにはそれより多くの魔素が必要となるが、身体の一部が形而超学的特異点──非存在論的な粒子である魔素が質もしくは量によって所属する原子が埋め尽くされ、より直接的に人類の集合的無意識を間接的に変化させる──となっているステラは極僅かな代償でより高度にその魔術を行使することができるようになっていた。


 たった三日で魔法の物理学的要素とその運用方法を学び終えたステラは、自室のベッドで寝転がっていた。

 物理学のほとんどを学び終えてしまい、ひとまずの目標がなくなったので次の目標を自分で設定するか、アートマンから指示が下されるまでのんびりしていようと考え、書物庫から密かに持ち出した物理学に関連するらしい書物を読み始めることに決めた。

 具体的にはわからないが、何かの動物の革によって綴じられており、表にはタイトルの「宇宙物理学及び量子力学とその形而超学的な視点」と、執筆者の名前らしき可能な文字列だけが書かれている。現在進行形で物理学に関連するものを学んでいるのに加え、おそらく基本的ではないその応用が記されているような題名が刻まれているそれはステラにとってまさしく求めていたものになるのだろう。


「……さっぱりわからない」


 そして、案の定ステラは最初の十ページの内容すらまともに理解することはできなかった。

 それは当然の事であり、題名からは物理学について解説する本であるように見えるが、実際には魔法の最深部に存在する万物の本質について研究する形而超学の本であり、形而超学を理解するためには膨大な魔法の知識が必要であり、そして魔法を完全に理解するためには存在するすべての学問とその理論、概念について熟知する必要があるのだ。

 現在のステラはまだまだ魔法の僅かな部分しか理解しておらず──実際にはほとんどの魔術師はその地点に到達するのに人生のすべてを消費する必要があるので、ステラが才能に満ち溢れているのは確かなことだが──そんなステラにとって形而超学を理解するのはまだまだ遠い未来の話でしかなかった。


「それでも、理解できる部分だけは読み取れるか試してみないと、完全に敗北したみたいになって私の気が済まない」


 そういってひとまずすべてのページの文章と参考データを記憶し、魔法を学ぶ際に発展させた演算フレームワークでそれらの内容をゆっくりと、細かく、少しずつ演繹的、帰納的に解決して行くことに決めた。




 静かに、慎重に音を立てないようにゆっくりと歩くステラの脇には先ほどの本が抱えられており、誰にも──とは言っても住み込みで働いているエレンとステラ自身を含めて四人しか屋敷には住んでいないはずだが──気が付かれないようにそれを書物庫に戻しに行くところだった。

 実はステラが碌に理解できなかったこの本は重要機密指定の本棚からこっそりと取り出したものであり、ステラには機能しなかったが魔術的な強固なセキュリティが掛けられたそれを了承も得ずに勝手に読んだことがバレた場合、何があるのかまったく想像できないので、最初からリスクを背負うなという話にはなるがそれを減らすために早期に返却しようと現在歩を進めているのだ。

 そうして暗闇に閉ざされた廊下を突き進んでいると、灯りが見えると同時に機械音……それもコンピュータの駆動音らしきものが小さいが突然聞こえてきた。

 この屋敷でこのような音を発するような大がかりな機械で心当たりがあるのは、彼女の記憶の中では書斎の存在コンピュータと、地下室の自身が生まれた階にあった装置だけであり、同時にそのどちらもおそらくこの音の発生源として考えるには不適切であることがすぐに導き出された。

 存在コンピュータが置かれている書斎は空間が捻じ曲げられているので、ステラの位置と存在コンピュータの位置とでは総合的な距離が遠すぎるし、地下室の機械は単純に階が深すぎるのでどれだけ大きな音が発せられていても地上には届かないはずである。

 答えが結局見つからないまま解読を再開──まだ並列思考に慣れていないため一つずつの事しか考えることができないが、しばらくすればやがて適合できるだろう──した。集中力を削ぐような異音が不規則に、同じ音量で流れているのを無視して。

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