最終話『ちょっと変わった犬と、ちょっと変わった飼い主の話』

 春の風が、窓からそっと吹き込んだ。

 飼い主は、朝のコーヒーを淹れながら、モカを見た。

 そこには、クリーム色のチワワがいた。

 くりくりした目、ぴんと立った耳、

 どこからどう見ても“普通の犬”。

 でも、飼い主は知っている。

 その中に、魔界の血、狼人間の力、そして――優しさがあることを。


「なあ、モカ。お前、ほんとに犬になったな」

 モカは、ソファで丸くなりながら答えた。


「見た目だけな。でも、今のあたしが“ちょうどいい”なら、それでいい」

 飼い主は、笑った。


「……俺も、ちょっと変わったままでいいや。お前が隣にいるなら、それで十分だ」

 近所の公園では、いつもの犬たちが集まっていた。

 柴犬のコタロウ、トイプードルのミミ、ダックスフントのジョン。

 飼い主たちは、モカを見て言った。


「なんか、雰囲気変わったね」

「落ち着いた感じ?」

「でも、やっぱりかわいいな」

 モカは、静かに尻尾を振った。

 その動きは、どこか誇らしげだった。

 飼い主は、リードを握りながらつぶやいた。


「……世界を守るとか、魔界とか、いろいろあったけどさ。結局、俺が欲しかったのは――こういう日常だったんだよな」

 モカは、空を見上げた。

 そこには、魔界の月はもう見えなかった。

 ただ、青く澄んだ空が広がっていた。


「あたしも、ここが好きだ。お前と歩く、この世界が」

 その日、モカはただの犬として散歩をした。

 でも、誰よりも強く、誰よりも優しく、

 そして、誰よりも“普通”だった。


 家に帰ると、飼い主はモカの頭を撫でた。


「なあ、モカ。お前、ほんとに犬か?」

 モカは、目を細めて答えた。


「四分の一はね」

 飼い主は、笑った。


「……それで、十分だよ」

 そして、物語は静かに幕を閉じる。

 ちょっと変わった犬と、

 ちょっと変わった飼い主の――

 ちょっと変わった、でも確かな日常の話。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ちょっと変わった犬と、ちょっと変わった飼い主の話 槙 秀人 @zumi0902

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ