やっと、見つけた(後編)
震える内海さんを車に乗せた僕は、そのまま車を走らせた。
とは言え、このままだと風邪を引く。
もう閉店から大分経っているので店には入れないし、まして中年の男の部屋に全身ずぶ濡れの16歳の少女を連れ込むわけには行かない。
ネカフェとかスーパー銭湯も浮かんだが、こんな状態では通報されかねない。
そのため、已む無く車内に置いてあるタオルを渡して、そのまま車を走らせる。
「本当にすいません……しばらくしたら落ち着くと思うので……父は」
父?
その言葉に驚いた僕は思わず言った。
「え? いや……君じゃなくてお父さん? それ、どういう事」
いや、聞かなくても何となく想像はつく。
でも……これは。
だが、内海さんが話し始めたのは予想通りの内容だった。
「父は厳しくて……門限破ると、激しく怒り出すんです。背中とか……叩かれたり。お風呂入る時間も遅くなっちゃうから。父も待ちきれなくなって。で、今日は特にお仕事大変だったみたいで、叩かれそうになって怖くなっちゃって……」
「いや……ごめん、ちょっと待って……今、何て言った?」
「え? 叩かれて……」
「いや、それもだけどその前。お風呂の時間。父も待ちきれなくなるってどういう事? それは……関係なくないか? ってか……まさか……」
その直後、内海さんはハッと表情をこわばらせるとしどろもどろになった。
「えっと……それは……あの」
混乱して無言になっている僕の反応を誤解したのだろうか。
彼女は俯くと、やがてポツリポツリと話し始めた。
「今の父は……私が12歳の頃に母が再婚した人なんです。義理の父で……で、住み始めてすぐに……ずっとお風呂……一緒に」
おいおい……ちょっとまて。
僕は頭がクラクラしてくるのを感じ、気がついたらスピードがかなり上がっていたので、慌てて速度を落とした。
「それは……ダメだろう」
「はい……でも、怖くて。嫌がったら……凄く怒られちゃう。でも、一緒に入るだけです。それ以外は何もされてません! 叩かれたのも一回だけだし、その時もすぐに心配してくれました。だから……大丈夫です」
「いや、そういう問題じゃない。えっと……警察に相談するべきだろ、それは。僕がそこまで言う立場ではないかもだけど」
「それじゃ……ママが可哀想」
「でも、君は? だから門限にあれだけ怯えてたんだろ? さっきもお父さんから逃げてきたんじゃないのか?」
窓の外を見ながら無言になる内海さんを見て、僕は深くため息をついた。
まさか……こんな事とは……
だが、今までの彼女に感じていた様々な疑問が繋がった気はした。
どこか陰のある雰囲気。
クラスやバイト先の誰とも距離を置いている姿。
門限に異常に拘るところや、いつも僕の手伝いをギリギリまでしている事。
全て、家……義理の父を恐れていたから。
「お母さんは? 助けてくれるのか?」
「ママは父が大好きなので。一緒に住み始めて私と妹はやっと父の顔をみたくらいなんです。いつもは私にもママにも
「違うだろ? 君はどうなる? それは出来が悪いんじゃない。君にそう思わせているだけだ。君さえいう事聞いてたら全部丸く収まる。そう思わせて言う事聞かせよう、思い通りにしよう、そう考えてるだけだ」
自分の口調が荒くなっているのが分かり、慌てて口を閉じた。
「……ごめん」
それから無言で車を走らせた。
最初は30分ほどしたら帰るつもりだった。
でも、そんな気になれない。
僕にとって彼女は仕事先の頼れるアルバイトの女子高生。
それ以上の何者でもない。
確かに飛びぬけて綺麗な子だとは思うが、異性としては見ていない。
あくまでも可愛い部下。
だけど、だからと言ってお風呂に一緒に入るのを強制したり、暴力で言う事を聞かせようとするような人間のところにみすみす帰して知らん振りするほど冷たくもない。
でも……他人の自分が……
「なあ、やっぱり警察に行かないか? 僕も着いていくよ」
「有難うございます。でも、私……ママも秋穂も……父も好きなんです。だから……悲しませるのは嫌です。……本当にゴメンなさい。……お家、帰ります」
鳴き声交じりで話す内海さんに僕は何もいえなかった。
僕は唇を噛んだ。
●○●○●○●○●○●○●○●○
「この辺で大丈夫です。本当に有難うございました」
助手席でペコリと頭を下げる内海さんを僕はじっと見ていた。
結局……何の力にも……
その苛立ちが強かったのだろう。
僕はドアを開けようとする内海さんに向かって言った。
「あの……内海さん。僕は……正直言って今、助けにはなれないかも知れない。でも、良かったら何でも言ってくれないか。君の助けになるなら……出来ることなら何でもするつもりだ」
その直後。
彼女は動きを止めると、ゆっくりと僕の方を振り向いた。
「……え?」
「辛い事も多いと思う。でも、僕は味方だ。絶対に裏切らない。ずっとそばに居るから」
「絶対に? 裏切ら……ない? そば……に?」
大きく見開き、光が宿った瞳。
それを僕は彼女が希望を持ってくれたと……勘違いしていた。
僕は彼女を元気付けようと続けた。
「ああ、約束する。だから、いつでも頼って来るんだ。それなら気持ちも楽になるだろ? そして元気になったら……」
一緒に警察に……と言おうとした時。
内海さんは両手で口を押さえると、表情をクシャッと歪めた。
「嬉しい……いいんですか……ずっと、私の」
その言葉に一瞬引っかかる物を感じたが、彼女の体の体温に気が動転し、その小さな違和感はすぐ消えた。
「落ち着くまで頼って欲しい。そして元気が出たら、これからの事を話そう。それで……いいだろ」
そう言うと、内海さんは嬉しそうに微笑んだ。
「私、そんな事言ってもらったの初めてです。本当のパパは七歳の頃に死んじゃったから。凄く……大好きだったのに」
「そう……か、それは残念だったね」
「はい。だから新しい人の事……楽しみだったのに……でも、もういいんです。もう……大丈夫。だって……ふふっ。あの……一杯お話ししましょう。これからの事」
彼女はそう言いながら続けた。
「えっと、敬語……止めても……いいですか?」
「え? ……あ……ああ、大丈夫だよ」
なんだ?
でも、それだけ心を許してくれたという事か。
だったら、いい事かもしれない。
この子は今まで家庭のことで周囲に心を開けなかったんだし、このくらい……
それで、この子の心がちょっとでも救われるなら……
「やった……嬉しいな……あ、そうだ! チーフって黒髪の人、好きだったよね。前バックヤードでパートの人達が言ってた」
「え? あ……そんな事……言ったような……」
いきなり、何言ってるんだ?
戸惑う僕に構わず、内海さんは車を降りて僕に向かって小さく手を振り、階段を駆け上がって行った。
この時、内海さんに感じた二つの違和感。
だけど、それは余りにも小さすぎて、そしてその後の出来事が理解できない事ばかりだったため。
その事を思い出すのはずっと後だった。
そして翌日。
出勤した内海さんの髪が、濡れたような綺麗な黒髪になっていた事に、僕を初めみんな驚いた。
口々に理由を聞かれても彼女は何も答えなかったが、僕と目があった時。
意味有りげに微笑むと、髪を耳にかき上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます