第11話:雪合戦、総力戦

凍てつく冬の訓練地は、一面の銀世界と化していた。降り積もった雪は、兵士たちの疲労を慰めるかのように、まばゆい光を反射している。休憩時間、新兵たちが無邪気に雪玉を作り始めた時、その日常は突如として非日常へと転化する。


「雪合戦だ!かかってこい!」


「おお!やってやるぜ!」


兵士たちの間に歓声が上がり、小さな雪玉が飛び交い始める。ターニャ・デグレチャフ少佐は、この光景を冷めた目で見ていた。冷気で頬がじんじんと痛む。濡れた手袋が肌に貼りつく感触。彼女の脳内では、即座にこの事象の軍事的価値が解析される。


【記録】対象事象:雪玉を用いた集団闘争。非効率なエネルギーの浪費。


ターニャは、この不毛な遊びに参加するつもりはなかった。だが、その時、ヴァイス中尉が、彼女の元に駆け寄ってきた。


「少佐!少佐もご参加を!これは、部隊の士気を向上させる、貴重な機会かと!」


ヴィーシャも、大きな雪玉を抱えて、目を輝かせている。


「少佐、皆でやったら絶対楽しいです!」


ターニャは、二人の純粋な熱意に、内心で舌打ちをする。しかし、部隊の士気を高めるという側面を考慮すれば、これは無視できない事象である。彼女は、これを「遊び」ではない、ある種の「演習」として捉えることにした。


「……ふむ。よろしい。貴様らがそこまで言うのなら、この雪合戦を非公式戦術シミュレーションとして捉え、私が指揮を執る」


ターニャの真顔での宣言に、ヴァイスとヴィーシャは困惑しながらも、興奮を隠せない。


「シミュレーション……でありますか!?」


「はい、少佐!」


ターニャは、雪の平原を睥睨する。彼女の脳内では、すでに戦況マップが展開されていた。


【記録】作戦名:スノーボール・シミュレーション。目標:敵部隊の殲滅と領域支配。


「いいか、諸君!雪玉は、単なる投擲物ではない!これは、榴弾であり、手榴弾である!雪の壁は、防御陣地だ!決して油断するな!」


ターニャは、号令をかけると、魔導の力を雪に注ぎ始めた。彼女の足元の雪が、みるみるうちに硬く、緻密な雪のブロックへと変わっていく。ターニャは、それを高速で積み上げ、巨大な雪の要塞を築き上げた。


その光景を見て、新兵たちの反応は分かれた。


「すげぇ!俺たちも真似して要塞作ろうぜ!」と興奮する者。


「いや、少佐の本気……無理だろ、あれ」と絶望する者。


「少佐は本気で戦争してる……」と呟くヴァイス。


ターニャは、さらに魔力を込め、雪玉を圧縮する。彼女の小さな手から放たれた雪玉は、まるで硬質の弾丸のように、音を立てて飛んでいく。雪玉が砕け散る音は、まるで砲撃のようであった。


ヴィーシャは、楽しそうに雪玉を投げていたが、ターニャの異様な熱気に気づき、次第に表情が強張っていく。


「少佐の雪玉、硬すぎないか!?これじゃあ壊せないぞ!」


「あれ、魔法でやってるだろ……ずるい!」


ターニャの理不尽なまでの「本気」に、兵士たちの間に不満の声が上がり始める。


「何を言うか!戦場において、ずるいという概念は存在しない!勝利こそがすべてである!これは実戦だ!貴様らは、魔導師という新型兵器の脅威を、身をもって学ぶのだ!」


【警告】被験者(新兵)、士気低下。しかし、これは実戦における敗北の経験として、貴重なデータとなる。


雪合戦は、ターニャの圧倒的な「戦術」によって、一方的な展開となる。彼女は、相手の指揮官に見立てた新兵に、精密な投擲で雪玉を命中させ、勝利を確信する。


「作戦、成功である!我が軍の完勝だ!」


ターニャは、勝利の雄叫びを上げた。その顔は、満足げな笑みを浮かべている。周囲の兵士たちは、疲労と困惑で、ただ立ち尽くしている。


彼女は、今日の「シミュレーション」の成果を日誌に記録することにした。


【記録】成果:非公式戦術シミュレーション、成功。指揮官の練度向上に寄与。


ターニャはペンを走らせる。彼女の横では、ヴァイスやヴィーシャ、そして他の新兵たちが、凍傷寸前の手で震えている。


「……ふむ。雪玉の圧縮技術をさらに高めれば、より致死性の高い、新たな『雪玉兵器』の開発が可能かもしれない。氷と岩の混合物が最適か……」


ターニャは、誰も聞いていないにもかかわらず、ブツブツと呟きながら、今日の出来事を詳細に記録していく。その顔には、勝利の喜びに満ちた狂気の笑みが浮かんでいた。


――その過程で、新兵たち全員が凍傷寸前になったことなど、些細な問題にすぎない。

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