第8話:補給の大失敗

平穏な朝、第二〇三航空魔導大隊の兵舎に、大型の補給馬車が到着した。兵士たちは、次なる作戦に備え、物資を降ろし始める。だが、箱を開けた瞬間、彼らの顔から期待の光が消え、困惑の表情に変わった。


「なんだこれ……ジャガイモ?」


「全部ジャガイモだ!なんでだよ!?」


箱、また箱と開けていくが、中に入っているのは、泥にまみれたジャガイモだけであった。肉も、パンも、新鮮な野菜もない。ただ、茶色い塊が山のように積まれているだけである。混乱と不満の声が、兵舎に響き渡った。


その騒ぎを聞きつけたターニャ・デグレチャフ少佐は、現場へと向かった。彼女の視界に飛び込んできたのは、絶望に打ちひしがれた兵士たちの姿と、彼らの足元に積まれた、巨大なジャガイモの山であった。


「少佐……補給が、大失敗しました。食料が、ジャガイモだけです……」


ヴァイス中尉が、力なく報告する。だが、ターニャは彼らのように絶望しなかった。むしろ、彼女の目は、知的な好奇心に輝いていた。


【記録】希少資源の欠如、確認。しかし、代替資源(ジャガイモ)は豊富。これは、新たな戦術を構築する機会である。


ターニャは、部下たちを会議室に集めた。ヴァイス、ヴィーシャ、そして他の将校たちが、不安げな表情で彼女の次の言葉を待つ。


「諸君。現状は、極めて困難である。だが、悲観する必要はない。私は、このジャガイモという資源を、軍事的な観点から再評価する。これより、『戦略的ジャガイモ活用法』について、真剣な議論を開始する」


ターニャの真顔での宣言に、一同は呆然とした。


「まず、ジャガイモの特性についてである。耐候性に優れ、保存性が高い。また、一個体に含まれるカロリーも無視できない。これは、戦場で孤立した際の、優れた非常食となりうる」


兵士たちは、互いに顔を見合わせる。


「……普通に、飯ですけど!?」


「次に、その物理的特性である。適度な重さと硬さを持つ。つまり、投擲物として転用が可能だ。敵兵の気を逸らすための陽動、あるいは簡易的な対人兵器として利用できる可能性を秘めている」


ターニャの理屈に、ヴィーシャが、おずおずと手を上げた。


「少佐……普通に、料理して食べたらどうでしょうか?」


ターニャは、ヴィーシャの提案を一蹴した。


「ヴィーシャ伍長。貴官の発想は、極めて非効率的である。敵の補給路を断たれた状況で、料理に時間を費やすなど、愚行に等しい」


ヴァイスが、困惑した表情で口を開いた。


「ですが……ジャガイモは、その……食べ物、ですから……」


「ヴァイス中尉。貴官は、ジャガイモという資源の多機能性を理解していない。これは、単なる食料ではない。敵を欺き、友軍の進撃を助ける、戦略的要塞であり、我々の戦闘を支える兵站そのものである!」


ターニャの思考は、さらに暴走する。


【記録】ジャガイモ戦術、構築。揚げる、茹でる、潰す、焼く……これらの調理法は、敵を翻弄するための戦術のバリエーションである。


会議室の空気は、張り詰めていた。ターニャは、自らが開発したジャガイモ戦術を、熱心に語り続けた。だが、部下たちの顔には、疲労の色が濃く浮かんでいる。


ターニャは、ハッと気づいた。彼らの士気が、著しく低下している。


【記録】隊員の士気、計測。結果:危険水域。


「……ふむ。私の戦略は、彼らの理解の範疇を超えているようだな」


ターニャは、渋々、ヴィーシャの提案を思い出した。


「よろしい。ヴィーシャ伍長。貴官の提案を、代替案として検討する。ただし、条件がある」


ヴィーシャが、緊張した表情で身構える。


「このジャガイモを調理する際は、軍人として、最大限の創意工夫を凝らすこと。食料としての効率性を追求し、一グラムの無駄も出すな。そして……その味覚が、隊員の士気向上にどれだけ寄与するか、詳細なデータを取り、私に報告せよ」


ヴィーシャは、その任務を厳かに引き受けた。


ターニャは、部下たちが再び明るい表情で、ジャガイモを運んでいく姿を見て、内心でため息をついた。


「全く……戦術的な勝利のためには、非効率な手段も受け入れざるを得ないか。このジャガイモは、我々の戦術の柔軟性を試す、天からの試練だったのかもしれんな」


彼女は、そう結論付けた。その日の日誌に、新たな項目を書き加える。


【記録】研究課題:ジャガイモの味覚と士気向上の相関関係についての考察。


【記録】今後の戦術課題:馬鈴薯を越える万能資源の探索。


ターニャの戦いは、今日も食卓の上で続いていくのである。

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