「声」が聞こえる

おむすび

「声」が聞こえる

 俺は「声」が聞こえる。


 それは、人が喋る声だけではない。 


 物の「声」が聞こえるのだー。


‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾

 俺は高校二年生の岩隈 太希《いわくま たいき》。至って普通の高校生だ。


 ある一点を除けば、の話だが。


 その一点。それは「声」が聞こえることだ。

 例えば、道端に落ちている缶、とかその辺に生えている雑草、とか。そういう物の「声」が聞こえる。そしてそれは、きっとその物が思っていることなのだろう。

 なぜなら、俺は人の思っていることも「声」として聞こえてしまうからだ。聞こえ方は、同じ。だけど、思う力が強いほど、その「声」は大きく聞こえてくるー。


え?なに?生きづらくないか?だって?

生きづらいのに決まってるじゃないか。学校に登校するために、外を歩くだけでも頭がおかしくなりそうだよ。


でも、学校についてからの方が頭がおかしくなりそうだよ。

聞こえてくる内容は、誰かへの悪口、嘘、さらにこの場でははっきり言えないが、卑猥な妄想をしているやつもいる。気分が悪い。

そしてそれらはときに、俺自身に向くこともあるー。


そんな俺が不登校にならずに学校に来れているのは、YAMA〇Aのイヤホン、こいつのおかげだ。

ノイズキャンセリング機能はついていないがなかなかに遮音性があり、二〜三千円前後。お手頃価格だ。一学生としても助かりすぎてて是非ともYAMA〇Aの社長に感謝の意を込めて握手とハグをしたいものだ。


そんな社長への過度な謝礼願望の冗談はさておき、なぜイヤホンに助けられているのか、それの理由を説明しよう。

俺は音楽を聴いているときだけ周りの「声」が聞こえないのだ。ただ、それはある程度の遮音された状態で、ほぼ音楽しか聞こえない状況に限ってだ。

当たり前だろと思うだろ?実は俺の場合、音楽以外は聞こえてくるのは「声」。周りの音には集中なんて出来やしない。集中出来るのは音楽にだけ。


そんな俺は、当たり前だが友達がいない。普段、学校ではイヤホンを両耳にぶっ刺したまま爆音で音楽を流し、机に突っ伏しているのだ。そりゃ友達なんでできない。

そして、実際は相手が取る言動と、聞こえてくる「声」の矛盾に疲れて、人と関わるのを避けているだけなのだ。

例えば、今あそこにいるあいつは

「全然良いよ!俺、この仕事やる!」

と言ったのに、聞こえてくるのは

『ちっ、めんどくせぇな。自分でやれよ。』

とか、

1時間前の体育の時間にペアになったときに、

「よろしくねー。」

と言われたあと、

『はぁ、こいつと同じペアとか、。ハズれじゃん。』

とか聞こえてきたり。

そういうのがとても嫌なのだ。


でも正直、慣れた。

人間には必ず裏表がある、当たり前のことだ。分かりきってたことだから、それを理由にして、今は人と関わるのを避けている。そのため、机に突っ伏しているのだ。


そして今日もいつも通り机に突っ伏していると、誰かに突然イヤホンを抜かれ、耳元で

「おはよー!!」

と元気な挨拶をされた。

はぁ、またか。と思いながら振り返ると、そこには同じクラスの青瀬 陽葵《あおせ ひなた》がいた。

こいつはうちのクラスの委員長で、それなのに金髪のThe陽キャ!みたいな明るい女の子だった。俺とは対照的な存在であった。

やっぱり、とため息をついてから、


「なに」


と出来るだけ無愛想に返す。


「なに、じゃないよ!おはようは!おはよう!」


「なんで」


「なんでって、挨拶されたら挨拶を返すのが礼儀でしょ!」


正直面倒くさいが、ここで挨拶を返さないと一日中付きまとってきて挨拶を催促され続けるのだろう。その経験をしたことがある俺は渋々挨拶を返すことにした。


「あー、はいはい。おはよう。」

俺がそういうと、陽葵は満足気に首を大きく二回振って、


「うんうん!おはよう!」

と言い、上機嫌で自席に戻っていった。挨拶二回するのかよ、と口から溢れそうにになったが、どうでも良かったのでまたイヤホンをつけ、机とにらめっこをすることにしたー。


その日の放課後、俺は委員会と先生から頼まれた用事で遅くまで学校に残っていた。現在十八時、あり得ない残業をさせられ、もうクタクタだ。玄関まで伸びている廊下が果てしなく遠く、さらに足はとてつもなく重く感じる。

ノロノロと歩いていると、ふと階段の横で小さく丸まっている物体が見えた。その物体は小刻みに上下している。

なんだろうと思い、とりあえず誰もいないしイヤホンを外すとその物体が音をたてていることに気がついた。


そのときの俺は何故かそれが何か知りたくて、もっと近くで見ようと近づいた。


そしてその物体との距離1mを切ったところで気がついた。


これ、陽葵じゃん。


それに気がついたとき、陽葵もまた俺の存在に気がついた。


目が合った。

数秒の硬直ののち、


「太希、?」


「ひゃあ!」

と情けない悲鳴を上げたのは、俺だった。

しょうがないだろ、!人と関わるのを慣れてないし、しかも女子だぞ?それに、


泣いてた、し、。


心臓が破裂しそうなほど、ドキドキしていたら、突然陽葵が、


「ねぇ、」


「あひゃあ!?」

またしても情けない声を出してしまった。タヒにたい。


「どうしてこんな時間まで校内に残ってるの?」


「あ、えっとですね、委員会の仕事と、先生から頼まれた用事を片付けてました、。」


「ふーん。」

なんだよ、聞いてきたんだからもっと興味せよ!


「あ。てか、お前、泣いてたけど、なんかあったのか?」


「え!?い、いや、泣いてないよ?見間違えじゃない?」


「ふーん、そうか。」

まぁ、そんなの嘘なことくらい、わかっているけどね。そりゃそうよ、人の思っていることわかるし。相談くらいなら乗ってあげられるけど、どうやって嘘だろ?と伝えよう。素直に心読めるからっていうか?でも、俺のこの体質を、どう話せばいいのか。なんて言えば納得してもらえる?


そんな事を考えていると、ふと俺は疑問を持った。


なんで、俺は陽葵を救うつもりなのだろう。


なんで、俺の体質の事を伝えようと思ったのだろう。


そして、その理由は思いのほかすぐに見つけることが出来た。


俺自身が、あいつに救われているからだ。


日頃の朝のおはよう、たったそれだけでも、ぼっちの俺は救われるのだ。

本当は不登校にならずに済んでいるのはイヤホンのおかげなんかではない、陽葵のおかげなんだ。


そして、陽葵を救いたいと思うのと同時に、自分自身に対して怒りが湧いてきた。


今までも薄々感じてはいた、陽葵の悲痛な叫び。たまにイヤホンを外すときに、周りの「声」よりも一際大きく聞こえてくる陽葵のSOS。それを、見て見ぬふりをして自分はイヤホンを付け直した。本当に最低だ。


ただ今はそんなことを、考えている暇はない。やることは決まったのだから。


俺はまず、片手に持っていた方のイヤホンと、耳につけていたもう一つのイヤホン、それを地面に落として、粉々に踏んで砕いた。


「ちょちょちょ!何やってるのさ!?」


「ん?」


「だから、何やってるのさ!いきなりイヤホン壊し始めて!」


「んー、自己満。かな。」

はてなマークが頭の上で浮いていそうな表情を浮かべた君に、俺は話しかけた。


「あのさ。」


「なに?」


「これから、俺が話すことは、さ、全部本当のことなんだ。笑わないで、聞いてくれる、か?」


「…。もちろん!」

まるで、向日葵のような、いつもの明るい笑顔で陽葵はニコッと笑った。


そして、大きな「声」が聞こえてきた。


『太希が、嘘つくわけないし、真剣に話してくれるんだから、疑いも、笑いもしないのになぁー。』


「伝える前に、それを聞けて良かった、。」

と小さな声で俺は呟いたー。


そのあとは、俺の体質、そして思考を盗聴されていたも同然だからそれに対しての謝罪、そして、陽葵の助けてのサインを見て見ぬふりしてしまったことへの謝罪をした。


「…ということなんだ、本当にごめん。流石にさ、こんな漫画みたいな体質、信じられないよな。」


「…。信じるよ。」


「え?」


「だから、信じるよ! だって、話している最中の君の表情とか、声音とか聞いてて、「あ、これは本当のことを言っているんだ」って確信したもん! これでも、国語学年1位、ですから!」



ポカーンとしてしまった。いや、今、陽葵が言った内容に、じゃなくて、聞こえてきた『声』にびっくりしてのことだ。


「…。な、何か言ってよ! 恥ずかしいじゃんか!」


「あ、ご、ごめん。で、でも今思ってたのっt」

そこまで言ったところで口をふさがれた。


「しーっ、だよ? その真意はまた今度ね。」

またポカーンとしてしまった。変な声出したり、なんて俺は情けないんだろう。


「とにかく! 許してないからね!? 聞こえてたのに、助けてくれなかったの!」


「あ、ごめん、本当に、。」


「…。許して欲しかったら、君がこれからもずっと隣にいて、私のこと、救ってよ、?」


「…。え?」


「いいから! 返事は!? 質問にははいかYESで答える!」


「え、は、はい! ん? ってそれどっちもYESじゃねぇか!」


「ふふっ、あはははは!」

可愛い笑顔で、君は笑う、


「なんだよ、それ。 ふふっ。」

俺も数年ぶりに少しだけ笑えた気がしたー。


‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾「なんてことがあったんだよなー。」


「懐かしいねー。」 


現在、俺と陽葵は六年の交際期間を経て、結婚をしていた。今年で二年目だ。


「あなたー、読者の皆さんがどっちから告白したのー?だってー!どっちからー!?w」

悪い顔をしているな、こいつめ。


「…、もちろん俺だよ、言わせんな。恥ずいでしょーが。」

そうなのだ、俺等が高校三年生のときの卒業式、体育館裏に呼び出して、俺が告白した。心臓バックバクで告白したが、見事に嚙み、それを笑われた記憶がある。


「あのときのあなたの顔!真っ赤で可愛かったなー!」


「そういう君も、笑い終えたあとに顔真っ赤にしてOKしてくれたじゃないか?」


「やめろー! うるさいうるさい! あーあー!なにも聞こえないよー!」

こっからは、ほぼじゃれ合いの喧嘩。最後は俺が説明しよう。


あのあと、陽葵のおかげで色々克服した俺はなんと旧帝の東北大に進学。現在はIT企業に勤めている。一方、陽葵も俺と同じ大学に進学し、更に同じ会社に勤めている。

もちろんイチャイチャしないわけもなく、仕事中にイチャイチャしすぎて同僚に、「あんなに長時間イチャイチャしてるのに仕事終わってるってどゆこと!?」とキレられた。一応これでも、我々仕事出来る民なので()


まぁ惚気話はいいとして、多分、読者の皆さんは、陽葵が助けを求めていた理由を、そしてそれをどう解決したか知りたいだろう。ただそれは、文字数的に説明するのは難しいから、また次の機会に。


あ、そうそう。俺が回想してたシーンで、聞こえてきた『声』にポカーンとしていた、と言っただろう?何が聞こえてきたのかだけ、教えてあげるよ。


それはね。



『信じたら、知ってたのに助けてくれなかった!ってことにして、いい“約束“取り付けられるしね、!』

‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾

じゃれ合いの喧嘩が終わり、流石に疲れたので、2人でソファに座り込んだ。


「ねぇ。」


「うん?」


「あなた、あのときの約束、忘れてないよね?」


「…。当たり前さ。死ぬまで、隣で君を、救い続けるよ。」


「…。ありがとう、あなた。愛してるよ。」


「…。俺も、愛してるよ。」

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