第3話
「ああ……あの幽霊騒ぎで噂になっている件ですね。深夜に礼拝堂を訪れた生徒が、制服を着た女生徒の幽霊を見たと。」
セレーナが静かに口を開いた。
「幽霊、ね。そもそも深夜に旧礼拝堂をうろつくとか、どんな状況だよ。」
カイルは呆れたようにため息をついた。
レオンが「それについてですが」と言いながら手元の資料をめくった。
「どうやら生徒の間で、妙な迷信が流行しているようです。――『夜の十二時に恋人同士で旧礼拝堂に祈りを捧げれば、二人は何者にも引き裂けぬ愛で結ばれる』と。」
「なるほど……。そっちの噂なら、私も耳にしたことがあるわ。」
「ほう、天下のラヴィエナ様でも、そういうロマンチックな話に関心がおありで? 誰か結ばれたい相手でもいるんですかねぇ?」
カイルがニヤついた顔で揶揄する。
「ち、違うわ! 周りの女の子たちが話していたのを、ちょーーーっと小耳に挟んだだけよ!」
思わず声が裏返り、机に身を乗り出して否定してしまう。
風紀委員の任務は、生徒会からの依頼を受けて、学園内のあらゆる問題を解決することだ。多くは校則違反の取り締まりや揉め事の仲裁だが、中には今回のような特殊なケースもある。
「改めて今回の依頼ですが――幽霊騒ぎの沈静化、とのことです。旧礼拝堂への生徒の侵入については、生徒会側で対処するとのことでした。」
レオンが依頼書から顔を上げ、穏やかに告げた。
「『幽霊騒ぎの沈静化』ねぇ……。毎度ながら、随分器用な言い方を思いつくもんだ。」
カイルは皮肉っぽく笑う。
私は、腕を組んで天井を見つめ、どうしたものかと眉を寄せる。
「……とりあえず、夜の十二時に旧礼拝堂に行ってみるしかないわね。手がかりが皆無だもの。」
今後の段取りを考えかけたところで、レオンがさらに一枚の依頼書を差し出してきた。
「……それから、実はもう一件ありまして。先日編入してきた女生徒の護衛依頼が来ています。」
「護衛!?」
カイルが思わず声を上げ、一瞬きょとんとした後、苦い顔をして頭を掻いた。
「なんで俺らが、ただの一般生徒の護衛なんて引き受けなきゃならねぇんだよ。」
レオンは苦笑を浮かべながらも眉を寄せ、淡々と説明を続ける。
「対象の女生徒はアメリア・フローレンス。もとは平民の出でしたが、昨年になってフローレンス男爵の庶子と判明し、男爵家に引き取られたそうです。今年からセレーナさんと僕と同じ学年に編入していますね。……最近、彼女の周囲で、不可解な事件ばかりが続発しているらしいのです。生徒会が調べても犯人は特定できず、“こちら側の領域ではないか”と判断され、我々に回ってきた――というわけです。」
「……あー、あいつか。」
カイルが私の手元から書類をひょいと取り上げ、添えられた顔写真に目を落とす。
「今、男子の間じゃ『可愛い』って評判になってる子だろ。」
「まぁ……そうなのですか?」
セレーナが小首を傾げ、眉をわずかにひそめる。
「けれど、わたくしの友人の女性たちからはあまり良い評判を聞きませんわ。」
二人のやり取りを黙って聞きながら、私は額に手を当てて小さく息を吐いた。
「……うん、なんとなく面倒な案件だってことはわかったわ。まぁ、ありがちな生徒間のトラブルかしらね。可愛い子に嫉妬した女生徒の嫌がらせ、とか。」
「それはありえますわね。実際、彼女は何人かの男子生徒に言い寄っている、という話も耳にしましたし。」
セレーナの口調は穏やかだが、その表情にはわずかな警戒心がにじんでいた。
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