第2話
私、ラヴィエナはこの国の三大公爵家の一つ、ブランシェ家の長女だ。
長いシルバーのウェーブがかった髪に、紫色の大きな瞳をしている。
物心つく頃には、自分がどうやら人に好かれやすい顔立ちらしいことも理解していた。
さらに、家のお陰で幼い頃から厳しい教育を受けさせてもらったおかげなのか、私は大抵のことを人並み以上にこなしてしまうらしい。
しかし、人並み以上というのは努力で追いつける範囲だ。
それなのに、過保護な親や家のものはみんな「天才」や「完璧」と言った言葉で私を周りに紹介するものだから、貴族間の中でもそう言ったイメージが流布してしまった。
私自身はといえば、幼少期は、得意も不得意も薄く、何かを心から「好き」と思うこともないまま、ただ与えられた課題をこなすだけの日々。目的もなく流されるだけのつまらない子供だったと思う。
しかし、十歳になる頃だっただろうか――。
ある日私は、私など到底足元にも及ばない、圧倒的「完璧」と呼ぶべき、神のような存在に出会ったのだ。最初は自分とのあまりの差に打ちのめされたが、まもなくして私は彼に強い憧れを抱くようになり、今は、彼の夢を支えられる人間になることを目標に生きている。
ただ、それだけのことだったのに――。
そこから、私はこれまで以上に学問や、教養、社交術など将来必要になりそうなものは全て身につけるべく努力してきた。学園に入る年齢になっても、それは変わらなかった。
そのために同級生との交流の時間さえ惜しんだせいか、私が王太子殿下の婚約者筆頭候補であったためか、ただ無関心で無愛想なだけの振る舞いが、いつの間にか生徒の間で”穏やか”で”おとなしく”、”清廉”な完璧令嬢「白百合の君」として認識されてしまったのだ。
「本当は、大口開けて笑うし、涎垂らしながら寝てるし、しゃべり出すと止まらないし、すぐ泣くのにな。」
カイルが笑いを堪えつつも、わざとらしく数え上げる。
「あら、そこが姉様の可愛らしいところですのよ。少しズレた天然なところも私は好きですわ。」
セレーナがすぐに横から割って入り、真顔でフォローをしてくれる。
「セレーナ……気持ちは嬉しいけど、何のフォローにもなってないわ……。」
痛いところをつく言葉に、思わず胸を押さえてよろめく。
しかし二人の掛け合いは、歩みを進めながらも止まらない…。
この学校で私は風紀委員長を担っている。
妹のセレーナと、家から我々姉妹の護衛を任されているカイルも風紀委員の一員である。放課後、我々はこの白星の館に集まるのが習慣だ。
エントランスから左に伸びる、廊下の白い壁には陽の光が映り込み、磨き込まれた床石に影が揺れている。この先に我々風紀委員に与えられた執務室がある。
執務室の扉を開けると、机に向かって書類を整理していたレオンが顔を上げ、にこやかに微笑んだ。彼は我がブランシェ家の分家筋、アルクブラン侯爵家の次男で、セレーナと同じく私の一つ下の学年だ。
「お疲れ様です。今日は珍しく皆さん一緒なのですね。」
その柔らかな笑みに、張りつめていた肩の力がふっと抜けていく。
たまたまね、と私が答えると、カイルが大げさに溜息をつきながら荷物を下ろす。
「にしても……門の前の人だかり、相っ変わらずすげえな。あいつら、毎日飽きずに何を見に来てんだか。」
カイルが荷物を下ろしながら、愚痴をこぼしている。
「お姉様の美しさを皆一目見たいのですわ。」
セレーナはさらりと微笑み、手際よくお茶の準備を始める。
その様子を見るなり、レオンも自然に動いて手伝い始めた。
私は鞄と手袋を机に置き、窓辺の席に腰を下ろす。外の光が差し込む中、湯気の立つティーカップをセレーナがそっと前に置いてくれた。
ふわりと立ちのぼるほの甘い香りに、ようやく“白百合の君”という仮面を外せる気がする。
「……ありがとう、セレーナ。」
礼を言うと、彼女は優しい笑みを返した。
そこへ、今度はレオンがオレンジ色の小さなケーキを載せた皿を置き、にこりと告げる。
「今日は新作です。」
そう言って目の前に置かれたものは、透明なガラスの器に、夏の陽光を閉じ込めたようなオレンジのジュレが輝いている。純白の層の上に重ねられた琥珀色のジュレは艶やかで、封じ込められた果肉までもが小さな太陽のように煌めいていた。
彼の趣味は菓子作りなのだ。彼の作るスイーツは味も姿もいつも芸術品のようでうっとりしてしまう。
「……美味しそうすぎるっ!」
私が目を輝かせると、レオンは少し満足げな笑みで言葉を添えた。
「砂糖は控えめにしました。色々気をつけておられるでしょうから。」
ムースケーキに目を輝かせる私を見て、レオンがまた穏やかな声でいう。
食事が好きな割に、苦手な体型維持に努めている私を思っての発言だ。
ここでは誰も、“白百合の君”の仮面を検分したりはしない。
どんな私であっても受け止めてくれる人たちと過ごすこの時間が、私は心から好きだった。
そんな和やかなひとときの後。
レオンが表情を引き締め、静かに切り出す。
「……それでは、本日の報告に入ります。生徒たちの間で噂になっている旧礼拝堂の件をご存知でしょうか――。」
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