外法3

 鳶丸はその様子を見ていたが、鬼には時々あることなので声はかけなかった。

 都心は土砂降りで、大きな交差点はほぼ無人だった。信号が光り、誘導音が軽快なリズムを刻んでいる。

 がらんとした町の片隅でタクシーを降りて、屋根のある場所に飛び込む。そこは買い物をする人がいたが、足元を流れる水の量から人の足は遠のいているようだった。

 鳶丸は三号を連れて、小さな店に入る。中は古着屋のようで、奥から背の高い男が顔を出した。

「いらっしいま……あ、鳶丸様!」

 男は嬉しそうに笑うと鳶丸に飛びつき、その両手を掴むと何度も頭を下げた。

千寿屋せんじゅや、元気そうだ」

「はい、おかげさまで。けど、鳶丸様がいらっしゃるのは珍しいですね。なにかありましたか?」

「うん、少しな。説明しながらでいいから、少し服を見繕ってくれ。こちらは三号だ。お前の後輩にあたるな」

 鳶丸に背中を押されて三号は深々と頭を下げた。

「はじめまして。三号と申します」

 千寿屋は嬉しそうに笑うと、二つ返事で服を選び始めた。

「千寿屋、地上の雨についてはどうだ?」

「雨ですか?……そういやちと多い。確か今の時期は鬼のゲームでしたっけね。そうなると雨は必須ですけども……例年、足元までザブザブになるってのは珍しいですね」

「……そうか」

「はい、そのせいで人も動いてない。周りの店も閉まってるから、珍しくシャッター通りになってますね」

 千寿屋は皮のジャケットを三号にあてがると首を傾げてひっこめた。

「ゲームは進んでいるんです?」

「ああ、進んでいる。今頃は半分くらいじゃないかな」

「いい感じですね」

「けれど、どうもおかしいという話でな」

 鳶丸は腕組すると、傍で服を見ている三号に微笑む。

「神が干渉しない部分まで動いているということだ……」

「おやまあ。あ!」

 千寿屋は顔を上げると何か思い出して、奥に引っ込むと手にタブレット端末を持って来た。

「これです、これ」

 端末を操作してそこに書いてあるニュースを映しだすと鳶丸に手渡す。

「なんかね、新興宗教が伸びてるらしいんです。入信者も多いそうで。特にほら、これ。彼らは神を持っている、と書いてあるでしょう?この間TVでそんな特集を見ましたよ。気味の悪いガキが映ってましたね」

「気味の悪いガキ?」

 液晶の記事を読みながら鳶丸は呟く。

「はい。教祖とかいう人物はその神は自分達の元に現れたんだ、なんて話をしてましてね、俺にはどう見ても死にかけのガキにしか見えませんでしたよ」

 服を幾つか選んで三号に手渡すと千寿屋は奥のカーテンを指差した。

「三号さん、あそこで着替えてくださいな。気に入るといいけど」

 三号が服を持ち奥へ消えると、また千寿屋は鳶丸の手元の液晶に手を伸ばし操作した。ズームして映し出された写真に鳶丸は眉をしかめる。

「……これは……屍人形か?」

 新聞のモノクロで解りにくいが、でっぷりした教祖と名乗る男を中心に信者たちが並んでいる。教祖の手の中には顔が崩れ禿げ上がった赤ん坊が虚ろな目をしている。

「・・・・・・鳶丸様もそう思います?気味が悪いですよね。TVでは動いて喋ってましたけど……どうにも」

 屍人形とは、死者に魂をくっつけて動かすやり方だ。地獄の入り口では時折魂を持たない者が見られ、そこで重なってしまうためにやむを得ず、それをすることがある。地上でやれば外法だが、詳しく知る者などいるはずがない。

「ああ、でも鬼のゲームとは関係ないと思います。だって神の力っつーっても、人が出来ることなんて蟻みたいなもんですから。よし、これ」

 スカジャンを鳶丸に手渡すと千寿屋は笑った。

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